「ヌサンタラのお粥(1)」(2022年06月02日) インドネシア語で粥のことをbuburと言う。多分ムラユ語源なのだろう。わたしの持って いる古いマレー語辞典にはbuborという形で載っている。クメール語ではbaborという名称 だそうで、ムラユ語との関連性を感じさせてくれる。はたして、どちらからどちらへとい う方向性になっていたのだろうか?何かの事象を根拠に推論しても、残されなかった事象 の存在しないことを証明するのは不可能だろうから、人類がたいそう好んでいる語源や由 来の話は可能性のひとつだと思っていればよいのではあるまいか。 中国の周書に「?帝始烹穀為粥」という記載があるそうで、黄帝の時代と言われている西 暦紀元前2千数百年のころから粥が作られていたことになる。いや紀元前4千年ごろから だったと述べているひとすらある。ともかく起源は相当に古そうだ。人類が穀物を煮て食 べる方法を実践するようになって以来のことだろうから、ともかく古いことには間違いあ るまい。 現代中国語では稀飯という語が使われているが、粥の文字の中国語発音は北京語がzhou、 広東語juk/zuk、福建語chok/chuk、呉語tsoqなどとなっている。中古音発音はチウッであ り、日本語音読みのイクやシュクに対しては広東語のjukの方が似ている気がする。 中国語ウィキペディアの維基百科で粥の項目を調べると、種類として広東粥・潮州粥・福 建粥・江南粥・・・と中原から南部にかけての名称が続々と並ぶ。華人がいかに粥を日常 食の一バリエーションとして食べていたかが、そこからうかがえるようだ。 香港やシンガポールのホテルの朝食で、congeeという札が粥のところに置かれているのを 見て、わたしははじめてその言葉を知った。他のメニューはみんな英語で書かれているの で、どうして英語のporridgeと書かないのかと怪訝に思って調べたところ、コンジー(ひ とによってはカンジ―とも発音される)は米粥のタミル語だった。 英語のポリッジは元来、当たり前のことだが素材が米でない。イギリス人がインドで米の ポリッジを知り、その米のポリッジの名称をインドで覚えたその語で表現し、それがシン ガポールや香港に持ち込まれて、地元華人たちもそれを英語のボキャブラリーとして取り 込んだという流れかもしれない。タミル語の発音はkanjiまたはkanciと書くそうで、実音 はカンズィという響きに近い。 実はこのタミル語がインドネシア語に摂りこまれていた。インドと縁の深いアチェ人の料 理メニューの中にKanji Rumbiという粥がある。ところが、カンジという語が粥の意味で 使われているものは他に見当たらない。それよりもっとインドネシア人の日常生活に溶け 込んでいるカンジは洗濯物につけてパリッとさせる糊のことだった。 その糊を作るのに昔は、米・トウモロコシ・キャッサバ・小麦・ジャガイモなどが使われ たことだろう。中でもキャッサバの粉であるタピオカ粉はキャッサバを粥状にして製造す る。そこに関係したのかどうかは判然としないものの、今ではタピオカ粉の別名がtepung kanjiになっている。だからインドネシアのお菓子作りレシピーにカンジ粉という言葉が 頻繁に登場するのである。 ブブルとは、固形状と液状のものが混じりあった姿をしており、固形状のものが比率のよ り大きい液状のものの中にバラバラに散らばって存在しているものを指している、という のがイ_ア語ウィキペディアの解説だ。製紙工程の中で作られるパルプはインドネシア語 でbubur kertasと呼ばれるし、また日本人が紙粘土と呼んでいるものもインドネシア人は bubur kertasと呼んでいる。モルタルのドロドロの状態のものはbubur semenだ。あるい は農業や生物学の分野でも、bubur bordeauxあるいはbubur bordoと呼ばれる殺菌剤の名 称に使われている。[ 続く ]