「黄家の人々(7)」(2022年06月06日)

暗闇の下で輝く黄金の光にかれの目は見開かれ、言葉にならない音がその喉から洩れ、そ
のあとから興奮の叫び声が口から出た。ドロノは闇の中でぼんやりしていたが、ウイ・セ
の叫び声に驚いて箱の中に視線を当てた。ドロノの口からも「Laillah!」という感嘆の
言葉が洩れた。

ウイ・セの警戒心がすぐに戻った。かれはドロノに寝るように言い、このことを誰かに言
えば首が胴から離れると嚇かし、明日手間賃をやると言ってドロノを下がらせた。


黄金の魔力がウイ・セの良心を金縛りにした。こんなに素晴らしいものがあの白猿のもの
だなんて、とても我慢できることじゃない。これはわしのものにならなければならないの
だ。天はその機会をわしに与えなさった。この金貨は全部わしのものにする。しかし重い
箱が軽くなるとすぐあいつに分るから、別のものを入れて置こう。そうだ銀貨を替わりに
入れて置けばよい。

ウイ・セは箱の中身を全部出して数え、同じ枚数の銀貨と入れ替えた。そしてふたたび施
錠し、その合鍵を裏に回って井戸の中に投げ捨てた。


翌朝8時、オランダ人のはずんだ声が倉庫で聞こえた。コーヒー豆の詰まった山積みの袋
を前にして、こんなに大量に買えるとは思っていなかった、と言う。
「こんなにたくさん買付けができれば、わたしの会社の者はみんな大喜びする。あなたの
おかげでわたしは会社の優良メンバーと目されるだろう。あなたは素晴らしい友人だ。」
「トアンはこの荷物を持っていつ出発する予定ですか?」
「明後日の夜中2時に出発する船があるので、それに乗りたいのだが、明日中に全部船に
積み込むことはできますか?」
「いいですよ。じゃあ、払っていただく金額を決めましょう。」

ウイ・セは使用人に金額を計算させ、それを領収書にして持って来るように命じてから、
ふたりで母屋の中の間に入って葉巻と飲み物で休息した。使用人が領収書を持って来た。
それを見たオランダ人は値引きを求めたりせずに、今から支払いをするので、預けた金箱
をここに持って来てくれ、とウイ・セに頼んだ。ウイ・セはドキッとしたが、顔色を変え
ずに使用人にそれを命じた。

金箱がふたつそこに運ばれて来た。オランダ人はポケットから鍵を取り出して箱を開錠し、
叫び声をあげて飛び上がったと思うとそのまま凍り付いた。顔面は硬直し、額に脂汗が浮
いている。目はウイ・セに向けられたまま、瞬きもしない。ウイ・セは平静そのままの様
子でオランダ人に声をかけた。「どうしましたか?」

オランダ人は無言で金箱の中を指さすだけ。ウイ・セはその中を覗き込んだ。「ああ、お
金がいっぱいですな。自分のお金を見て、どうしてそんなに驚かれるのですか?」


オランダ人はウイ・セの心の中を見通すかのように視線をウイ・セの顔に当て、歯ぎしり
をし、手で額の汗を拭って吐き捨てるように言った。「わたしの箱に間違いはないが、金
はわたしのものじゃない。」
「ええっ、じゃあいったい誰の金なんでしょうか?」
「泥棒がわたしの箱を開けたんだ。」
「ありがとうございます。わたしの家に泥棒なぞはおりません。トアンのおっしゃること
がよく分かりません。」
「わたしはこの箱に金貨を入れたんだ。それが銀貨になっている。」
「そりゃ、不思議だ。何か手違いがあったんじゃありませんか?間違いないですか?」
「間違いなどあるわけがない。わたしが自分で金貨を入れたんだから。」
オランダ人は足で床を踏み鳴らした。
「その金貨が銀貨に変わった。そりゃ不思議だ。」
「誰かが合鍵を作ってこの箱を開け、金貨を盗んで銀貨を入れた。」
「それほど気が狂った人間はいませんよ。箱はうちで預かりましたが、鍵はトアンがずっ
と持っていた。そして今トアンはうちを泥棒だと非難している。ありがとうございます。
このあと、わたしはトアンの嫌疑を受けて法廷で裁かれることになる。」[ 続く ]