「黄家の人々(13)」(2022年06月14日)

夫を亡くした妻は未亡人である。イスラムでは、娘の身柄は結婚するまで父親の保護下に
置かれ、娘を結婚させる権利は父親が握る。父親が娘を結婚させると、娘の身柄に関する
権利の一切は父親から夫に移り、父親が持っていた娘に対する命令権は失われて、その娘
は夫の命令に服す義務を負うだけになるのである。その夫が亡くなれば娘に対する命令権
者がいなくなり、娘は自分の意志で身の振り方を決めることができる、というのが原則に
なっている。もっともこの命令権というのは扶養の問題と裏表になっているから、単なる
意志の自由などと言う素朴な問題ではないのだが。

ともあれ、だから愛し合う若い者同士が女の父親からの結婚の許しを得られなければ、男
は女に「お前が未亡人になる時を待っているよ」と言って、愛する女の結婚式を遠くから
眺めるのだという小話があるくらいだ。

ところがレヘントが恋焦がれたのはムスリマでなく、華人娘だったのだ。しかも夫を持っ
ても実家に住み続け、夫が没しても相変わらず父親の保護下にあり、おまけに華人コミュ
ニティが異文化人を断固として排除しているのだから、ウイ・セがキムニオを自分に渡す
はずがないという結論はかれの頭にすぐに浮かんだ。

だが自分の想いを実現させる方法は絶対にある。夫はもういないし、キムニオは子供でな
くなったのだから、かの女の心を自分に向けさせることで恋しいキムニオを手に入れるこ
とができるはずだ。キムニオの心を自分に向けさせるためには、グナグナを使えばよい。
レヘントはディエン高原に住む大ドゥクンのキアイスントノの手を借りることにした。男
女を結び合わせるグナグナにかけてそのキアイは失敗したことがないという話なのだ。レ
ヘントは使用人のひとりにそのキアイを連れて来るように命じた。


数日後、使用人はキアイスントノを連れて戻って来た。レヘントの心は弾んだ。レヘント
は仕事を依頼し、キアイはそれを受けて、レヘントのためにできるかぎりのことをすると
約束した。

キアイはレヘントに策を授けた。金持ちの家々を回って商売している年増女をレヘントが
手先に使い、キムニオに渡りをつけさせるのだ。そうすることによって、グナグナがキム
ニオに直接的に作用を及ぼすことができるようになる。

レヘントはすぐにそれを実行に移した。ウイ・セの家に出入りしている年増女の中に、こ
の仕事に最適な者がいるのが見つかった。プカロガンの地元出身者であり、ご領主様のた
めならよろこんでお手伝いするとその女は請け負った。その仕事がうまく行けば、大金持
ちのご領主様はほうびをはずんでくれるにちがいあるまい。


この女は立ち居振る舞いに愛嬌があり、また口もたいへんにお上手だったから、ウイ・セ
の家内ではみんなが好意を持っていた。キムニオも例外でなく、ときどきその女にマッサ
ージしてもらって、チップを与えていた。

その日、密命を帯びてやってきた年増女に、キムニオがまたマッサージを頼んだ。ふたり
だけになれる絶好のチャンスだ。年増女はキムニオの身体をもみながら、問わず語りに話
をする。
「ほんのしばらくの結婚生活で夫に先立たれ、まだ若い身空で小さい子供を育てながらひ
とりで生きて行くなんて、たいへんでしょうね。あたしなんぞは、きっと音を上げてしま
うわ。あたしがお嬢ちゃんみたいになったら、どうするかしらね。あたしに比べりゃ、お
嬢ちゃんは偉いなあ。」

キムニオの全身をもみながら、年増女は続ける。
「お嬢ちゃんはきれいだし、小柄でぽっちゃりしていて、おまけにほら、この肌。明るい
色で、とってもみずみずしくて。まだまだ女の幸せをたっぷり受け止められるっていうの
に、この世のしあわせから遠ざかってしまっちゃあ、とても残念。」

何度かマッサージをする中で、毎回同じような話を年増女から聞かされ、マッサージの手
が女の快楽をそこはかとなく小さく刺激するように動き始めれば、夫の愛撫の手の下で震
えた肌の記憶がキムニオの心に熾火の小さい煙を立ち昇らせるようになるのも時間の問題
だった。[ 続く ]