「黄家の人々(14)」(2022年06月15日)

夫に先立たれたキムニオの悲しみが、だんだんとひとつの方向性を持つようになっていっ
た。悲しみの中にあった、漠然とした自分の将来というものが、徐々にその輪郭をはっき
りさせ始めたのである。キムニオの流す涙の色合いに変化が起こった。

年増女の策略は的を射たのだ。キムニオ自身に起こった変化、家内のひとびとが洩らすキ
ムニオの雰囲気の変化などから、年増女は次のステップに入る時が来たことを覚り、レヘ
ントに報告した。

キアイスントノはレヘントの話を聞き、「女の扉は既に開かれた。」と言った。だが正念
場はここからだ。焦らずしっかり間違いないようにこれを実行しなければいけない、とキ
アイは次の手順をレヘントに教えた。「この土地のひとびとは果実の中でザクロが好きだ。
女に食べさせるザクロはバタンのものを買ってこさせるように。そこにわたしが呪文を吹
き込みましょう。そのザクロを三度食べさせなければいけない。」

そのザクロを年増女は毎週一回、ウイ・セ宅に持って行ってキムニオに食べさせた。何も
知らないキムニオは年増女の手土産をよろこんで食べた。

それが終わると、レヘントはキアイスントノが教えた次の手順に入った。40日間、飯と
水だけの断食を行う。その40日の間毎日、夜は香を焚き、祈りを唱える。またその期間、
女に近寄ってはならない。その行が終わったら、三日以内に相手の女に会いに行かなけれ
ばならない。行く前に祈りを唱え、眉に秘油を塗り、出かける前にシリを噛み、そのシリ
を相手の家屋内に吐いて来る。ただし、シリの噛み滓を吐き捨てる前に、口の中の唾をほ
んのわずかでいいから、相手の服にかけるのだ。それがすべてうまく運べば、そのあとの
40日間、相手の女に会ってはならない。


ある日、キムニオが邸内の奥で縫物をしていたとき、ギンギンと耳鳴りがし、心臓が早鐘
を打ち、胸が上下し、心がギュッと締め付けられ、憂鬱な感情が湧いてきて、なぜだかわ
からない哀しみに襲われ、涙があふれてきた。食事時に母親が呼んだが、「お腹がいっぱ
いだから食べない」という返事をして、ベッドに横たわっていた。しかし眠れない。しば
らく歩き回り、またベッドに腰を下ろす。何も手に付かず、何をすればよいのかもわから
ない。哀しみに揺さぶられ、思い余って眠っているリムニオをかき抱き、「ああ、なんて
不憫な子。」とさめざめと泣いたから、リムニオは驚いて目を覚まし、母親が流す涙を浴
びながらキムニオにしがみ着いた。

翌日やってきたレヘントの手先の年増女に、キムニオは昨日自分の身に起こった訳の分か
らないできごとを物語った。年増女はキアイスントノの術の効果を目の当たりにして、腹
の中で驚嘆した。しかしそんなことはおくびにも出さず、キムニオを慰めた。
「お嬢ちゃんはそんなに若くて、まだまだ女の生き方をたっぷり味わうことができるって
いうのに、自分を無理に年寄りみたいにして暮らしてるから、身体のほうが反抗するんで
すよ。自然の理を軽く見ちゃいけません。あたしだって、夫があたしを家の中に置いてど
っかへ行ってしまったら、おとなしく家の中にいるもんですか。」

キムニオは黙ってそれをうつむいて聞いていたが、突然泣き始めたので、年増女はキムニ
オが泣き止むまで慰めた。ところが、言っている言葉はまるでキムニオをそそのかしてい
るような内容だったのだ。年増女のその慰めかたにキムニオへの下心があったのは疑う余
地もあるまい。しかしウイ・セの邸内でだれひとりそれに気付いた者もおらず、変に思っ
た人間さえいなかった。


その二日後、ウイ・セの邸宅の表に二頭立ての馬車が止まって、オパスが扉の傍で傘を立
てかけ、馬車からプリブミの貴人がひとり下りると傘持ちのオパスを従えて邸内に入って
行った。

ウイ・セはレヘントの訪問を歓迎し、愛想をふりまきながら邸内の中の間に案内した。外
部の客を中の間まで入れるのは、奥の者に一緒に歓迎させるためだ。つまり家族的な歓迎
を示すためであると言える。

一度椅子に座ったレヘントは、奥からぞろぞろとウイ・セの家族が出て来たためにすぐ立
ち上がってかわるがわる手を握り、挨拶した。「タベ、ニョニャ」「タベ、カチュン」
「おお、タベ、ノナキム」[ 続く ]