「黄家の人々(15)」(2022年06月16日)

「カチュン」という語は本来「童僕」を意味していて、少年から青年期に入ったくらいの
男の子の使用人を指して使われた。呼び掛け語としても使われ、英語のボーイや仏語のギ
ャルソンのニュアンスになっていった。サービス係ボーイの意味だ。しかしそのとき、レ
ヘントを歓迎するために中の間に出て来たカチュンは使用人でなく、キムニオの弟であり、
ウイ・セの長男だった。かれは普段から家の中でカチュンと呼ばれていて、使用人たちは
ババカチュンとかれを呼んでいた。


キムニオはレヘントの顔を見て蒼白になり、うつむいた。ところが、レヘントが自分の手
を握ったまま指で手を撫でているのに気付いて顔をあげた。キムニオは黙っていたが静か
に大きくためいきをついたことをレヘントは感じ取った。そのとき、キムニオの着ていた
クバヤに小さな赤いしぶきが飛び散ったことにキムニオ自身も、ほかのだれも気付かなか
った。レヘントはシリを噛んでいたのだ。

全員が着席し、みんなは邪気のない笑顔を向け合った。ウイ・セの一家がレヘントの来訪
を喜んでいることをそれが示していた。ウイ・セの使用人が茶と菓子を持って来て、それ
ぞれの前に置く。
「みなさん、失礼。わたしはシリを噛んでいるから・・・」レヘントはそう言って、机の
下の痰壺に吐き捨てた。ところがなんという粗相か、その一部がキムニオのカインの裾に
飛んだのである。
「あああ、ご免なさい、ノナ。本当にわたしは・・・・」

キムニオは聞こえないくらい小さな声で言った。
「いいえ、なんでもないです。」

それから茶菓を楽しみながらさまざまな話を交わし、時に全員の笑いがどっとはじけるよ
うな場面も再三飛び出した。最後にレヘントは椅子から立ち上がり、暇を告げた。そして
またタベを連発し、みんなと握手し、キムニオとの握手にはまた指で撫でる行為が追加さ
れ、ウイ・セ一家に見送られてレヘントは中の間を後にした。

表まで送って出たウイ・セはレヘントの光来を謝し、どうぞいつでもまたお越しを、と商
売物の笑みを浮かべてレヘントの馬車を見送った。


そのあと、キムニオは部屋に戻ったが、胸は哀しみにふさがれ、涙があとからあとからあ
ふれてきて、ただ泣き崩れるばかり。そんなありさまが数日続き、食べ物もあまり食べな
くなった。また夫のことを思って泣いているのだろうと考えた両親はキムニオをなぐさめ
ることに努めたが、何の効果も得られず、反対にキムニオがやせ細っていくのを見て途方
に暮れた。

キムニオの本心は、ただただこの家から逃げ出したいばかりだったのだ。キムニオのまぶ
たの裏にはレヘントの顔がちらつき、その耳にはレヘントの声がこだましていた。


数日後、年増女がやって来て、キムニオの様子を見て驚いた。それが本心だったのか芝居
だったのかは分からない。「あらまあ、きれいなお嬢ちゃん。そんなに悲しんでやせ細っ
た姿を見ると、あたしゃとてもつらいですよ。お嬢ちゃんにはいつも良くしてもらってる
んだから、あたしもお嬢ちゃんの苦しみを一緒に担がなきゃ、バチが当たるというもんで
す。お嬢ちゃんの苦しみを少しでも軽くするのにあたしができることは何ですか?あたし
にして欲しいことを言ってくださいな。何がそんなに悲しいの?」

キムニオは黙ってうつむいている。年増女は続けて言った。
「もしかして、お嬢ちゃんは何かを望んでいるんだけど、それが実現不可能だから悲しん
でいるんじゃないかしら。秘密の望みがあって、それが無理だと思っていても、思いを遂
げる道は見つかるもんですよ。あたしみたいな年寄りは世の中のいろんなことを見てきた
から、そんな例をたくさん知ってます。一緒に道を探しましょう。あたしを信じて秘密を
打ち明けてくださいな。決してだれにも洩らしゃしませんから。」

キムニオは顔をあげて涙を拭きながらため息をついた。[ 続く ]