「黄家の人々(24)」(2022年06月29日)

自分の財産の大きさの方がお前の社会的評価より上なのだという姿勢が明白だ。その考え
を裏付けるかのように、タンバッシアはノードウェイクやレイスウェイク通りのヨーロッ
パ人商店主やレイスウェイクの総督宮殿にいるトアン方との交際を好み、何回か総督と一
緒にテーブルに着いたことさえある。すべてが金のなせるわざだったが、この少年の精神
の中では、金と自我が密着していたのかもしれない。かれは巨大な富を誇り、それを浪費
することで自分の存在と自己の偉大さを確認していたようだ。なぜなら、人間はたいてい
金に拝跪するのが世の常であり、ほとんどだれもが金を持つ自分に拝跪する姿を少年は自
分の偉大さと感じたのだろう。おのずと、そのシーンを実現させるために金は湯水のよう
に投げ散らかされることになった。


タンバッシアは朝起きると家の表の川へ出て排便し、水浴びする。一時期、少年は排便の
あとの肛門を紙幣で拭く習慣を持った。糞のついた紙幣はその辺りに投げ捨てられるのだ。
最初のころは地域一帯の住民にまだ知れ渡っていなかったから、たまたまそれを見つけた
住民が手に入れていた。しかし毎日行われていればその噂は世の中に広まり、はるか遠い
地域の住民までもが糞付き紙幣を手に入れようとして集まって来る。

朝タンバッシアが家から出てくるとき、川の周辺は既に多数の群衆が遠巻きにしており、
少年はその様子を見ながら排便の位置を決めてひり出す。排便の場所が決まったのを見る
と、人間の集団がそちらに崩れかかっていく。いざタンバッシアが仕事を終えて糞付き紙
幣をその辺りに落とすと、数人が飛び掛かって来て奪い合いが始まる。ただの奪い合いで
なく血を流す闘争だから、格闘技を好む人間にとっては愉しい見ものだろう。突き飛ばさ
れた者が頭からまだ温い便に突っ込むことも起こる。殴られて口から血を流し、蹴り倒さ
れた者は石垣に頭を打って血を流す。そんな大混乱のありさまを見て、タンバッシアは手
を叩いて歓び、大声をあげて乱闘者たちをけしかけるのだ。少年の左右を屈強なチェンテ
ンが固めているから、乱闘のどさくさに紛れて少年に近寄って来る者もない。

そんな騒動を近隣住民は顔をしかめながら見守るだけ。こんな息子が家長であれば、ウイ
・タイローの財産はそう長持ちするまい。金がなくなりゃ、このバカ息子も運の尽きだ。
とは言うものの、現金だけで2百万フルデン超と噂されたウイ・タイローの遺産は、どれ
ほど放蕩に使ったところでそう簡単に無くなるものではない。

見かねた父親の友人や親せきがタンバッシアに意見した。すると少年はこう答えた。「た
いしたことはない、ほんのはした金だ。それを貧乏人に恵んでやってるんだ。その代わり
にオレも楽しませてもらう。恵んでやる代わりの、微々たる代償だよ。」


タンバッシアは17歳になり、女探しに熱を上げ始めた。毎日歩いて街中を巡り、見目麗
しい娘が金持ちや上流層の家にいないかどうかを探査する。ところが、かれの気に入る娘
は見つからなかった。それでついに表立って自分の望みを諸方面に語った。「オレが妻に
したくなるような未婚の美女を連れてきたら、オレが調べた上で妻にしてやる。どでかい
結納金が必ずもらえる。」

タンバッシアが調べたあとで、気に入らないと返して来たらどうなるのか?そんな話をだ
れひとり相手にしなかったから、相変わらず「妻募集」は進展しない。反対にタンバッシ
アが街中を巡回すると、「タンバッシアが来たぞー。」という声がどこからか上がり、家
の外に出ていた女たちは一斉に屋内に逃げ込んで息をひそめるようになった。

タンバッシアは世間から「いたち野郎」という綽名を付けられた。いたちはひよこを咥え
て逃げ去る動物なのだ。


旧バタヴィアからプチナン一帯にかけての地域で良い女が見つからないため、タンバッシ
アは新興のヴェルテフレーデンに行き先を広げた。豪華な馬車でパサルバルやスネン地区
を回ってみるが、器量よしの女はなかなか見つからない。馬車を使うのがいけないのだと
かれは考えた。馬で回るほうがはるかに素早く動ける。[ 続く ]