「黄家の人々(25)」(2022年06月30日)

あるときパサルスネンを徘徊していると、一軒の家の扉の陰から自分を覗き見している娘
がいることに気付いた。タンバッシアはさっそく愛馬トゥファンに芸をさせて娘の気を引
いた。娘は喜んでいるように見えた。タンバッシアの目にも、その娘が自分好みの女のよ
うに思えた。だが物陰の後にいる娘の顔も姿も、明瞭に認識できたわけではない。

翌日、パサルスネンのその家に結婚申込のための媒酌人がやってきた。ウイ・タンバッシ
アがシム家のその娘を妻に欲しいと望んでいる。ただし本当に結婚するかどうかは、娘に
直接会ってから決める。会った上で気に入らなければ結婚は破談になり、娘は家に返され
る。その際には見舞金として1千フルデンが贈られる。

シム家当主は金持ちでなかった。おまけにそのとき、多額の金が入用になっていて、その
方策に頭を痛めていたところだった。かれはその失礼な申込を蹴るに蹴られず、金の輝き
に負けてしまった。幸運だったのは、タンバッシアがその娘を気に入ったことだ。

次に娘の父親に会ったとき、タンバッシアはポケットから厚い札束を取り出して、数えも
せずにシム家当主の手に握らせた。タンバッシアはその娘と結婚することを表明したもの
の、そのとき結婚の日取りは決めなかった。


ウイ・タンバッシアは毎日何をして暮らしていたのか?かれには金を稼ぐ必要性がまるで
なかった。チュルッの土地から年間9万5千フルデンの地代が入り、加えて、プチナンの
ピントゥクチルにある所有地から年4万フルデンの地代、更にバタヴィアのあちこちに持
っている土地家屋の賃貸でまたまた金が入って来る。

父親のウイ・セはそれでもまだ事業に情熱を燃やしたが、後継者である息子に事業意欲は
皆無だった。息子は毎日遊ぶことに精を出し、そのための資金に頭を悩ますことすらなか
った。かれの遊びは女・賭博・スポーツ・遊芸と多岐にわたった。その中に、マヨールチ
ナをもてあそぶことも含まれていた。


バタヴィアでは昔、東インド植民地に派遣されて来た官僚が任期を終えて帰国するとき、
それまで住んでいた家屋で使われていた家具一切は競売にかけて売り払い、その金で新任
地での生活を開始するスタイルが普通だった。だから高給取りの植民地政庁高官の家で使
われていた高価な家具調度品が競売に付されることになった。

特に植民地政庁高官が帰国するとき、高官の家で使われていた高級で高価な家具調度品の
競売には、華人オフィサーたちも参加して何かを買うのがそれまでの上長に対する礼儀に
なっていた。マヨールチナともなれば、万障を排して競売に出なければならない。たいて
いかれらは打ち合わせを行って、誰が何をいくらくらいで買うかという取り決めをし、マ
ヨールが高い金額を付けたり、不釣り合いに低い金額を付けて他の者が買いやすいように
誘導したりしていた。だが、かれらとは無関係の競売参加者がそこに割り込んで品物を持
ち去ってしまうことだって起こるのだ。

あるとき行われた競売で、マヨールは美しい浴室鏡に1百フローリンの値を付けた。する
と会場にいる何物かが2百フローリンを付けた。マヨールが3百に引き上げると、その何
者かは5百を出し、後が続かないので鏡はその者の手に落ちた。

マヨールは立ち上がって指値を叫ぶのだが、その何者かは座ったまま紙に値を書いてそれ
を周囲の人間に渡し、競売進行係に届けさせるのだ。まるで自分に盾突くようなことをし
ているのが誰なのかをマヨールは確かめようとしたものの、見つけることができない。

筆記用具をひとまとめに集めたものが競売のテーブルに載った。マヨールは50フローリ
ンを付ける。何者かが1百フローリンに上げた。マヨールが応じると、何者かも負けずに
応じる。ついに2千フローリンに達したので、マヨールはとどめの5千フローリンを指し
た。すると相手は1万フローリンを付けたのである。マヨールは大恥をかかされた。

ただの使い古しの筆記用具に1万フローリンという常軌を逸した落札が起こり、しかもそ
の裏側にマヨールの負けというできごとが貼り付いたのだ。その話がバタヴィア中の噂に
なるのは火を見るよりも明らかだ。[ 続く ]