「ロントン(終)」(2022年07月06日)

バンドンに移ったひとが、ソロに来るとわたしのロントンを食べたいと言って店にやって
来る、とロアンインさんはうれしそうに語る。かの女にとって客というものは、商品を買
って金を払って去って行くひとではないようだ。

ジャカルタへ持って帰りたいと言うひとがいれば、かの女は一皿分の中身をすべて個別包
装して腐りにくくする。飛行機に乗ってジャカルタに着き、空港から自宅に戻って包装を
開き、全部合わせて再加熱してやればいい。その間に経過した数時間のために食べ物が損
なわれることはない。


ロアンインさんと母親が始めたロントンソロワルンは、今ではソロのロントンオポルの老
舗として定着している。するとその名を騙る者が出現した。おまけにasli(オリジナル)
の言葉まで添えるのだから始末に悪い。ロントンソロアスリくらいならまだしも、カリラ
ラガン店の支店などと名乗る店まで現れた。
「わたしは支店なんか開く気はありませんよ。」とロアンインさんは笑いながら言う。

欲張らないことがかの女の人生哲学だ。勤労は正しいことであり、それで得られるものを
押し戴くヌリモの精神がかの女の人生を形成して来た。ロアンインさんのワルンに入ると、
まるで自分の家の台所のような雰囲気が漂ってくる。よそ行きの冷たさがなく、開けっぴ
ろげであるがままの姿と、リラックスして生きている人間の匂いがそこにある。

「ジャカルタでもっと大きい店を一緒にやりませんか、と事業を誘ってくれたひとがあり
ました。でもわたしはそれを断りました。わたしの人生はここにあるんですもの。」ロア
ンインさんはそう語った。


lontong sayurと呼ばれている料理がある。ここで使われているサユルは肉や野菜の入っ
た汁料理を意味していて野菜の意味ではないのだが、間違った翻訳をするひとが実にたく
さんいるようだ。

ロントンサユルとはロントン飯とグライのような汁料理を一緒に食べる食べ方を指してい
る。グライでなくとも、トウガラシを含む種々のブンブを炒めてから何かの肉のブイヨン
とココナツミルクをそこに加えて煮込み、更に長豆、未熟パパヤ、ハヤトウリなどを入れ
たものもサユルと呼ばれている。ちなみに、ロントンサユルブタウィは次のようにして作
られる。

まず赤白バワン・ヤシ砂糖・ウコン・干しエビ・塩を混ぜて炒め、香りが出たらスレー・
サラム葉・ナンキョウ・トウガラシを加える。トウガラシがしおれたらむきエビとブイヨ
ンを加えて熱してから一度火を止める。それを深鍋に移し、そこにココナツミルクと牛乳
を入れて混ぜながら沸騰させる。

その鍋に長豆・未熟パパヤ・ハヤトウリなどを入れて熱する。野菜が煮えれば出来上がり
で、皿にまずロントンを置き、できたての汁と具を注ぎ、他のおかずを添えて供する。

ロントンをグライと一緒に食べればロントングライになり、オポルと一緒に食べればロン
トンオポルとなる。そのようにしてロントンを汁料理と一緒に食べることがロントンサユ
ルと呼ばれるものなのだろう。[ 完 ]