「ヌサンタラの麺(1)」(2022年07月11日)

麺という漢字は本来、小麦粉を意味していたようだ。それが細い紐状の麺条をも意味する
ようになった。中国語マンダリン発音はミエン、広東語系の台山語では日本語と同じメン
(ただし語尾は鼻音化しない)、福建語はミーという音になる。インドネシア語のmi(昔
はmieと綴ってミーと読んでいた)は福建語由来と思われる。

昔mieと綴ったのは、ひょっとしたらオランダ語の影響だったかもしれない。オランダ語
では-ie-という綴りをイーと読ませるようだ。まあ、由来が何であれ、インドネシア語の
発音規則に従えばmieはミエと発音するのが標準だから、いつの間にかmieの綴りはmiに駆
逐されてわれわれがメディアで目にするものはmiがほとんどになり、今では中華食堂のメ
ニューにその歴史遺産が保存されている雰囲気を感じるばかりだ。はたしてミエという綴
りはいつまで生き延びてくれるだろうか。まあ、中には社名や商標名にミエを使った会社
が少なくないから、金をかけて社名変更しないかぎりインドミーはIndomieが続くだろう。
国の国語方針とは別問題だ。

言うまでもなく、KBBIはmieの綴りを認めておらず、miが正統インドネシア語になっ
ている。だから麺をインドネシア語で書く時にmieと書いてはならないのである。mieと書
けば国籍不明の異国語になってしまうのだろう。


日本語のラーメンは中国語の拉麺lamianが語源だと言われている。拉は拉致の拉の文字と
同じで「引っ張る」を意味しており、麺のドウを引っ張ったり叩いたりして作られた麺条
がラーメンの本来の意味だそうだ。

だいぶ昔にジャカルタで中華「ラーミエン」レストランがブームになったとき、どこの店
でも店内で料理人がドウを引っ張っては台に叩きつける麺作りデモンストレーションを行
っていて、時々バシバシという音が店内に流れるのがひとつの特徴を作り出していた。日
式「ラーメン」レストランがそれに対抗したという話は耳目にした記憶がない。

この拉麺はインドネシア語としてmi tarikという言葉に翻訳された。ジャカルタのあるラ
ーミエンレストランの中国人シェフ氏によれば、ラーミエンは甘粛省で清代に考案され、
それが大陸全土に広まり、東海岸部諸都市で洗練された結果、上海ラーミエンの名前が歴
史の中に輝いたのだそうだ。今では、ラーミエンと言えば上海の名がまず頭に浮かぶと言
われている。

伸ばしては叩き、伸ばしては叩きする作り方によって、麺の噛み応えに差が付くものがで
きる。料理人が厨房で麺を製造するのだから、客の要望に応じて麺の太さを変えることな
どいとも容易に行える。標準サイズ、細サイズ、極細サイズ、あるいはクエティアウのよ
うな太い平サイズまで、簡単にできてしまうのである。

中国でラーミエンは高級レストランのメニューではないそうだ。ところが21世紀に入っ
てジャカルタに、いやインドネシアに起こったラーミエンブームは、この食べ物を高級品
にした。2006年ごろにジャカルタのレストランでは一食が3〜4万ルピアの価格にな
っていた。中国ではなんと、一杯3〜5人民元(3〜5千ルピア)でみんな食べていると
いう話だった。


昔のインドネシアでは、生麺が調理されてどんぶりや皿に入ったものをただミーと呼ぶこ
とはせず、みんながバッミと呼んでいた。bakmieというのは肉麺の福建語発音であり、肉
はバッと発音される。

一方、日本の即席麺の原点である日清食品のチキンラーメンも1968年からインドネシ
アで生産が開始されて、Supermiの名前で庶民生活の中に浸透していった。この即席麺は
バッミと呼ばれず、商品パッケージに印刷されたSupermiの名称そのままで呼ばれた。イ
_ア式発音ではスプルミとなるのだが、ソプロミと発音するひとが多くいて、最初わたし
は「そぼろミ」と言っているのかと思ったのだが、現物の包装袋を見て腑に落ちた。
[ 続く ]