「黄家の人々(35)」(2022年07月14日)

タンバッシアはプカロガンのレヘント一家への訪問プログラムを終えてバタヴィアに戻る。
マサユを伴ってプカロガンを後にする姿を土地の住民に見せることはできないのだ。マサ
ユ自身は別途、密かにプカロガンを発ってバタヴィアに向かうことになる。もちろん、自
分の一家一族にはすべてを話して祝福してもらうことになるだろう。貴族である一家一族
にとっての汚点だったタンダッ踊り娘はプカロガンからいなくなるのだ。これをハッピー
エンドでなくて何と言い得るだろうか。

だがしかし、ほんのしばらくの別離さえも、愛し合い恋し合う若い男女には痛恨の悲しみ
をもたらすものだった。タンバッシアはマサユに慰めを与えたかった。
「マサユ、われわれがまたバタヴィアで一緒になれるときまで、ほんのわずかの間しんぼ
うしてくれ。その間、プカロガンで暮らすための費用を渡しておこう。この100フロー
リン紙幣10枚と黄金コイン20個を受取ってくれ。」

するとマサユはタンバッシアの前にひざまずき、穏やかな口調で言った。
「ババ、そんなたくさんのお金をわたしがいただいても、使いようがありません。わたし
はブタウィに行ってババにお仕えし、ババはわたしの暮らしを立たせるために必要なもの
をくださる。わたしには他に必要なものなどありませんから、そのお金は無用なものです
わ。」

これまでバタヴィアで遊んだ数十人の女たちのだれひとりとして、タンバッシアが渡す金
品をいらないと言った者はいない。すべての女が「もっと欲しい」「もっとちょうだい」
をあからさまに示していたというのに、マサユは違っていた。タンバッシアはまたまた感
動して、マサユへのいとしさがますますかきたてられ、深まっていった。


翌朝6時にサドが一台、プサングラハンにやってきた。8時にレヘントがタンバッシアを
表敬するために、麾下の行政官一同を伴ってプサングラハンに来ると言うのだ。そしてタ
ンバッシアを伴ってプカロガンに戻る。大勢の行政官を従えてプカロガンの町に入ること
はタンバッシアにとってこの上ない名誉になる。そんなことをしてもらえるのは、レシデ
ン級の高等官くらいのものなのだから。

そんな場にタンダッ踊り娘がタンバッシアにくっついていてはぶち壊しになるのだ。マサ
ユはそのサドで先にプカロガンに戻さなければならない。

タンバッシアはこの美しくて気遣いの細やかな娘と離れたくなかったが、わがままを言う
わけにはいかない。マサユも部屋から出る前にタンバッシアに口付けを浴びせかけ、哀し
い表情でサドに乗った。タンバッシアはサドが視界から消えるまで、プサングラハンの門
の外で見送っていた。


8時になると、何台もの馬車と騎馬のひずめの音がプサングラハンに近付いてきた。そし
て表門から玄関の馬車寄せまで、数人の騎馬警官に先導されて六台の馬車が入って来た。

先頭はレヘントの馬車で、次に正検察官とウドノ、副検察官と副ウドノ、マントリ、レヘ
ントの上級役人たちがそれぞれ乗っており、地元地域の町内頭12人も騎馬で随行してい
る。かれらの全員が馬車と馬から降りて、建物の中に入った。中には茶菓の用意がなされ
ている。

それぞれがタンバッシアとあいさつを交わし、タンバッシアがこの地の貧しい農民たちに
たいそうな施しをしたことを口々に賞賛した。ほとんど全員がタンバッシアと間近に言葉
を交わすのははじめてだったが、タンバッシアは如才なくかれらと親しげに、しかし慎み
を示しながら会話したので、バタヴィアのババチナの人格者としてのイメージがプカロガ
ンの行政官たちの間にしみ込んだ。

みんなは茶やミルクコーヒーを飲み、菓子を少し口にしながら談笑し、およそ半時間が経
過したところで、レヘントがその懇親の場の幕を引いた。みんなはまた馬車や馬に戻り、
タンバッシアはレヘントの隣に座る。[ 続く ]