「黄家の人々(36)」(2022年07月15日)

この馬車行列はまず地元の村々を巡回した。大勢の村人が道路脇に並んで、時ならぬ雲居
の殿様ご一行の壮麗な行列を拝見し、先頭の馬車にレヘントと一緒に乗っているババチナ
の立派さに憧憬の熱い視線を送った。

そのあと、馬車行列は街道を一路プカロガンの町に向かう。街道沿いの家々も、何事が起
こったかと壮麗な馬車行列を眺める。どんなオランダ人高官の表敬パレードかと思いきや、
レヘントの傍らに座っているのはまだ若いババチナだ。大勢がわが目を疑った。

プカロガンの町に入れば、なおさらだった。よほどの高官のためにしか行われないような
パレードが明らかに政庁高官に見えない若者のために行われている。これほどの表敬が華
人に対して示されたのは、プカロガンの町はじまって以来のことだった。住民の間でその
話が持ちきりになった。

一行は正午前にレヘント邸に到着した。ラデンアユが出迎えてタンバッシアの手を引き、
レヘントはレシデン庁官房閣下の手を引いてプンドポに進んだ。そこには既に長テーブル
がふたつ用意され、その上にはさまざまな昼食の食べ物が並んでいる。全員が席に着いて、
豊かな午餐を堪能した。

タンバッシアがマサユを見初めたのがこのプンドポだった。その感慨に心を沈めながら、
かれはプカロガンの高位高官たちと談笑した。ラデンアユはプサングラハンでタンバッシ
アが何をしていたのかを知っていた。「ほんとにしようのない弟だ。」と思いながらも、
プカロガンの町から女を連れないでバタヴィアに出立してくれればもう何も心配はないし、
それはタンバも分かっているはずだと考えて、タンダッ踊り娘のことはもうおくびにも出
さなかった。だが姉も義理の兄も、タンバッシアの策略を知らなかった。マサユを連れて
陸路チルボンに行き、そこでタンバッシアからの連絡を待つように、とかれはウイ・チュ
ンキに命じていたのだ。


タンバッシアがバタヴィアへ戻ることが決まると、レシデン閣下とレシデン庁官房閣下が
送別の宴を開いてくれた。また別に華人カピタンとレッナンも別れの宴を張った。プカロ
ガンのパティとウドノも宴を開こうとしたが、タンバッシアは断った。バタヴィアで早く
片付けなければならない仕事があり、どうしても滞在を延ばすことができないので、ご厚
意だけを頂戴してお別れしたい、とかれは辞退したのである。かれの心はもはやチルボン
に飛んでいた。

タンバッシアが下男ひとりと一緒にプカロガンを去る日、レヘントとラデンアユは県境ま
で見送った。そしてレヘントの部下二名がチルボンまでタンバッシアに付き添うよう命じ
られた。

タンバッシアたちはダンデルスが作った大郵便道路を往来する郵便馬車を使ってチルボン
を目指し、途中で夜になったために一泊した。そして翌日の午後にチルボンに到着した。

タンバッシア一行はウイ・チュンキが借りた邸宅に向かった。その邸宅には、タンバッシ
アの到着を、首を長くして待っているマサユがいるのだ。タンバッシアがその邸宅の表ま
で来ると、中からマサユが出て来てババを出迎えた。マサユを目にしたタンバッシアは、
旅の疲れも吹き飛んだようだ。

家に入ると、マサユはタンバッシアの体の汗を拭いてから着替えさせ、そしてババの足を
洗った。甲斐甲斐しく自分を世話してくれるマサユを抱きしめて、かれはその頬に何度も
口付けする。

マサユはタンバッシアの足元にひざまずいて、悲しそうに言う。「ブタウィに行ってから
ババに飽きられるのがわたしはとても怖いのです。ブタウィにはきれいな女がたくさんい
ます。わたしがババに捨てられたら、わたしの帰るところはもうどこにもありません。わ
たしの頼るのはババただひとりなのですから。」うつむいている目に涙があふれた。

美しくていとしい女の悲しむ顔など、タンバッシアに平気で正視できるものではない。美
しい女の喜悦にあふれる顔を見るのが自分の生き甲斐なのだ。タンバッシアはマサユを抱
き上げて膝に乗せ、頬に口付けしながら慰めた。[ 続く ]