「黄家の人々(37)」(2022年07月18日)

「マサユ、心配するには及ばない。わたしは今、神かけて誓う。おまえがわたしに貞節を
尽くす限り、わたしは死ぬまでおまえの面倒を見ることを。」

男の約束を得て不安の消えた女の顔に笑みが戻り、マサユはタンバッシアに抱き着いてそ
の顔に口付けした。

タンバッシア一行はやってきたときの三人連れから四人連れに変わり、チルボンで二泊し
てから船に乗ってバタヴィアに向かった。


バタヴィアに戻ったタンバッシアは、マサユの友だちになれるジャワ娘をひとり付けて、
マサユをアンチョルのビンタンマスに住まわせた。マサユに身も心も奪われたタンバッシ
アは、他の女たちのことなど忘れてトコティガとアンチョルの間を往復した。

タンバッシアがやってくるとき、ビンタンマスまでまだ距離があるというのにマサユは表
に出て馬車が到着するのを待ち、馬車が着くとタンバッシアの手を取って馬車から降ろし
て屋内に導き、部屋に入ると上着のボタンを外して汗を拭きながら、「お眠りはご満足で
したか、おいしいものをお食べになりましたか、何か食べたいものがあればすぐ料理人に
作らせますから、わたしに言いつけてください。」と愛らしい声で語り掛けながら、ババ
の頬に口付けする。女遊びを尽くしたタンバッシアも、自分にこんな風に仕えてくれる女
に相対したことは初めてであり、この初めての体験を、しかも二度とあるかどうか分から
ない体験を心の底から味わいつくそうとした。

例によってタンバッシアは女の悦ぶ顔を見たいために高価な衣装宝石類をプレゼントし、
その支出額は1万2千フローリンに達した。マサユはしばらくビンタンマスで暮らしてい
たが、アンチョルの気候があまり身体によくないという話になったため、タンバッシアは
マサユをすぐにカンプンマラカに移し、自分が地主になっているチュルッのパサルバルに
スーヒアンを建て、そこをマサユのための邸宅にした。地元民はマサユを地主邸の大奥様
として遇した。


プカロガンから戻って以来、タンバッシアの世間に示す態度は驕慢さを増した。特にこれ
までも目の敵にしていたマヨールチナに横柄な姿を示すことをかれは好んで行った。マヨ
ールチナの馬車がプチナンの中を通るとき、居合わせたひとびとは華人コミュニティの頭
領に敬意を表するのが常だったというのに、トコティガの通りをマヨールの馬車が通って
もタンバッシアはいつも知らぬ顔をした。

マヨールの演芸団の上演を見に行って、マヨールの手が付いている美しい女役者に金貨や
高額紙幣を投げつけ、役者がどぎまぎして芝居にへまをするように仕向けて遊んだりもし
た。そういった報告は逐一マヨールの耳に入っていたから、タンバッシアの素行はマヨー
ルにもよく分かっていた。

タンバッシアがもっと成熟すればまともな人間になるだろうと考えていたマヨールも既に
その望みを諦めていたが、タンバッシアの父親が残した巨大な遺産を諦めることはできな
かった。マヨールは諸事万端の金不足に追い詰められていたのだ。


マヨールはタンバッシアの一家と近い関係にある友人に頼んで自分の土地の賃貸契約をタ
ンバッシアと交わし、9万フルデンを手に入れた。そのあと、マヨールはタンバッシアか
ら5万フルデンを借用したが、そのときの証文は紙切れにメモ書きした程度のものでしか
なく、誓約証書は作られなかった。似たようなことが何度も繰り返され、マヨールの借金
を法的に証明する何物もないまま、かれの借金は25万フルデンにまで膨らんで行った。

こうなれば、マヨールがタンバッシアの素行を抑えようとしても、タンバッシアのひと睨
みで何も言えなくなる。どうしたことか、マヨールがタンバッシアに優しい頭領になって
しまったのだ。他の華人オフィサーたちや華人コミュニティの乙名たちがその現象にみん
な不審を抱き、不審はすぐに不満に変わったが、マヨールは借金のことを極秘にしたため、
理由はだれにも判らなかった。コミュニティ指導層の間に火種ができた。[ 続く ]