「黄家の人々(41)」(2022年07月22日)

ビンタンマスに上がったリーシーは超一級の家具調度類に目を奪われ、更にタンバッシア
が豪華な食事に誘い、リーシーは自分の日々の暮らしとまるで違う夢のような世界に紛れ
込んだ思いがして心は酩酊し、タンバッシアのプレゼントと巧みなリードで夢うつつの快
楽に浸った。

ハンサムなババシアの良い香りを放つ身体に抱かれて味わう快楽は、臭い体臭を嗅ぎなが
ら夫に抱かれていた日々を忘却のかなたに押しやった。こんな快楽がこの世にあることを
リーシーは想像したこともなかったのだ。リーシーは酩酊した心で、この幸福がいつまで
も続くことを望んだ。家に帰らないで、ずっとここにいたい。

しかしタンバッシアとセーホーにとっては、妻に家出された鄭姓のシンケが騒ぎ立てたら
やっかいなことになる。今日はとりあえず家に帰って、またいつでも遊びにおいで。この
スーヒアンの扉はおまえのためにいつでも開かれるから。

それ以来セーホーは、週に一度はリーシーを連れてビンタンマスにやってきた。タンバッ
シアはリーシーをたいそう気に入って恋に落ち、リーシーもババシアに恋心を燃やした。
リーシーはやってくるたびに贈り物や現金をもらい、セーホーもほうびをもらう。ところ
がセーホーもセコい男だ。リーシーからもしっかりと手数料を取った。

夫がいつまでも妻の不倫に気付かないはずがない。不倫に感づいた夫は妻との喧嘩に明け
暮れることになった。リーシーは家庭内不和の調停をセーホーに頼った。セーホーはシア
の指示をもらってリーシーの夫の説得にかかった。
「毎日毎日夫婦喧嘩では、隣近所に対してみっともない。お前さんの妻は大金持ちが幸せ
にしてくれる。お前さんは妻を自由にさせてやって大金持ちから大金をもらい、別の若い
女を妻にすりゃあいい。今のこんな状態を続けるよりは、そのほうがずっと良いに決まっ
ている。お前さんの妻をこの家から出て行かせるだけで、お前さんは結構な金をもらって
新たな人生の一歩を踏み出すんだ。その方がいいと思わないかい?えっ、どうだい?
お前さんも知ってるだろう。あの大金持ちのシアにはできないことがない。敵に回したら
いろいろな困難が降りかかって来る。シアに睨まれるようなことをせず、自分にとっても
っとも良い人生を送ることを考えるのが一番だぜ。」

夫は迷いに迷って結論が出せない。明朝まで一晩じっくり考えさせてくれ、と夫はセーホ
ーを一旦帰らせ、リーシーと話し合いを始めた。夫の心はむしろセーホーの脅しに揺さぶ
られていたようだ。夫の考えは妻と一旦別れる方向に傾いて行った。リーシーはそれを喜
んだ。だが初めて自分の夫になったこの男にも愛着があり、こんな状況になったことに憐
憫を感じていた。リーシーは自分がババからもらう金の一部を夫の生活のために渡すこと
を約束し、夫は決して別の女を妻にしないと約束した。タンバッシアから金をもらったら、
それを商売の資金にしてジラキンにワルンを開くつもりだとリーシーに話した。その夜、
ふたりは仲直りした。


このジラキンという地名は今の西ブルニアガアン通りに昔付けられていた名称だ。その西
を北行するクルクッ川もKali Jelakengと呼ばれていた。今はその綴りが使われてジュラ
ケンと発音されているものの、元々は福建語のニjie六lak間kingという言葉だった。間は
部屋を意味する用法が多いが、ここでは店の意味で使われている。

何の店かと言うと、この通りにアヘン・賭場・娼窟のセットが26軒並んだのだ。どこも
二階建てになっていて、一階がアヘン吸引と賭博、二階が妓房で、男たちは娼妓を従えて
酒を飲み賭博で遊んだ。娼妓は華人プラナカンだった。

中でも、通りの南詰にある薬店Lay An Tongの巨大な建物もそのひとつであり、西洋人は
そこを食事やダンス、女遊びの場として贔屓した。19世紀からこのジラキン地区はバタ
ヴィアトップクラスの娯楽街として栄え、20世紀にはLas Vegas van Bataviaの異名を
とるまでになった。リーシーの夫が雑貨ワルンを開こうと考えていた時期のジラキンは、
まだ発展の初期段階だったのではないだろうか。[ 続く ]