「黄家の人々(42)」(2022年07月25日)

翌朝目覚めるとリーシーは自分の持って行く荷物をまとめ、ババシアからもらった一番き
れいな服を着て、セーホーが迎えに来るのを待った。ほどなくセーホーは馬車に乗ってや
ってきた。一緒に乗って来た年増女が家の中に入って来て、リーシーの夫に媒酌人の口上
を述べ、5千フローリンが入った封筒を渡した。

それが終わると年増女はリーシーを誘って馬車に乗り、セーホーと三人で一路アンチョル
のビンタンマスを目指したのである。ひとり残された夫はしばらく呆然としていたが、そ
のうちに悲しさと悔しさがこみあげてきて地団太踏んで泣き始めた。床に転がって泣きな
がら両手で床を叩きまくる。そしてふと我に返ったこのシンケは慌てて立ち上がり、表戸
を閉めた。開けたままになっていた表戸の外から、隣近所の住人がたくさん中を覗き込ん
でいたのだから。


リーシーを自分一人のものにしたタンバッシアはしばらくの間リーシーをビンタンマスに
置いてアンチョルに通って来た。だがアンチョルのビンタンマスはまた別の女と遊ぶため
に使わなければならない。リーシーの眼前でそれをするのはかわいそうだ。タンバッシア
はタングランのパサルラマに持っている家にリーシーを住まわせることにした。そこは堅
実な暮らしをしているアッパーミドル層の住宅地区なのだ。

パサルラマで暮らし始めたリーシーの美しさにますます磨きがかかってきた。タンバッシ
アの満足感はいやが上にも膨れ上がる。ババがやってくれば、リーシーはうれしそうな表
情でかいがいしくババの世話をし、座って茶菓子を前にしながら楽しい会話をはずませる。
ときどき冗談を織り交ぜてババを吹き出させたりしたから、タンバッシアはリーシーとの
生き生きとした時間を過ごすのを好んだ。

パサルバルのマサユとパサルラマのリーシーのふたりを囲ったタンバッシアは、別のフレ
ッシュな美女と遊ぶことにあまり熱心でなくなった。そりゃそうだろう。自分を恋い慕う
女と金目当ての女では、男の心の化学反応に違いが起こって当然ではあるまいか。

その時期のタンバッシアは、どちらかと言えばリーシーと一緒の時間を長くしたかったの
だが、マサユの顔をちょっと見に立ち寄るとマサユのサービスに?まれてしまい、泊まり
込むこともしばしば起こった。それに関して、マサユはグナグナを使ってババをたらしこ
んでいると噂する者もいた。

ともあれ、そんなことになるのであればリーシーをアンチョルに置いておけばよかったの
かもしれない。御殿のようなビンタンマスから御殿でない普通の邸宅に移されたリーシー
にとっては、夢のような極楽暮らしの期待が少しずつ自分から遠ざかって行くように感じ
られたことだろう。それでも、シンケの夫との貧乏暮らしより奴隷の下男下女にかしずか
れる今の暮らしのほうが何倍もの価値を持っていることをかの女は十分に理解していた。


リーシーはババがくれる大枚の現金の一部を、自分に忠実な下女の女奴隷を使ってジラキ
ンに開いた夫のワルンにときどき送っていた。それが約束を果たすことへの誠意だけだっ
たのかどうかはよく分からない。当然、リーシーはそれを極秘にしたし、下女もそれを十
分に理解して協力したから、屋敷内でそれを知る者はほかにいなかった。

あるときジラキンから帰って来た下女が、「久しぶりに顔を見たいものだ」と夫が言付け
たことをリーシーに報告した。リーシーは夫がまだ自分を愛していることを確信した。自
分の心も同じように思われた。しかしリーシーがひとりで好き勝手に外を出歩くことは許
されない。この邸宅にいる男たちは全員が、ババの許可がなければ籠の鳥にされたリーシ
ーを外に出してはならないと命じられている。

リーシーの下女が次にジラキンに来た時に持って来た言付けを聞いた夫は、仕事が手に付
かなくなってしまった。籠の鳥にされたリーシーは本当に幸福を得たのだろうか?あのと
き自分には思慮が足りず、リーシーの好きにさせてしまったが、それは自分がリーシーを
守ってやるのを放棄したことになるのではないか?[ 続く ]