「黄家の人々(44)」(2022年07月27日)

夫の身の上に悪いことが起こるのではないかとおびえていたリーシーはある夜、自分の想
像を確信した。その夜、ベッドに上がって眠ろうとしたが寝付かれない。うつらうつらし
ているとき、蚊帳の外にひと気を感じた。夢うつつの中でリーシーは血だらけの夫がそこ
を行きつ戻りつしている姿を見た。自分は金切り声を上げたが、それは夢の中だったのだ
ろう。覚醒したとき、蚊帳の外には何もなかった。だが全身が震え、夜着は冷や汗で濡れ
ていた。

リーシーを昔のような可愛い女に戻して愉しい時を過ごしたいと望むタンバッシアは、こ
のいとしい女をすぐに捨てるようなことをしなかった。だが、心の一部が凍ったリーシー
はなかなか昔の笑顔を見せてくれない。

ある朝、ババと一緒に朝食を食べているとき、リーシーの気持を変えさせようとしてタン
バッシアは優しく言った。「わたしと一緒に暮らしていれば、おまえは毎日楽しく、また
何ひとつ不自由のない生活が送れるんだ。なのにどうして、もう死んでしまった男のこと
を思ってそんなに沈んでいるのか。そんなことは忘れて、楽しく暮らそうじゃないか。」

その言葉はリーシーを驚愕させた。そしてすぐに両の目から涙があふれ出した。リーシー
は何も言わなかったが、見ているタンバッシアにはかの女の内面に何が起こっているのか
が明瞭に判った。タンバッシアは自分の迂闊さを悔やんだ。シンケの消息は秘密にしてお
くべきだったのだ。

信頼する下女にジラキンの様子を見に行かせたリーシーは、その報告を聞いてタンバッシ
アが夫を殺させたことを確信した。夫のワルンは封印され、警官が見張っていたのだから。


自分に心を閉ざしてしまったリーシーにタンバッシアは嫌気がさした。リーシーはもはや
自分の側に付かない人間になったのだ。それを悟ったタンバッシアはパサルラマの邸宅に
あまり寄り付かなくなり、アンチョルのビンタンマスで新しい美女たちと遊ぶことが増え
て行った。

ある夜、タンバッシアはトコティガの自邸の外をひとりで散歩していた。陽が落ちたあと
の星空は晴れている。暗くなった川の水浴場でひとりの若い華人娘がマンディしていた。

薄闇の中に、その白い肉体が浮き出ている。美しく整った顔立ち、踵まで垂れた長い髪、
まるで天女を描いた一幅の絵のようだ。下半身はカインで覆っているが、不用心にも娘は
よく膨らんだ乳房を隠そうともしない。欲情がタンバッシアの全身を走った。

そのとき、ウイ・チュンキが女に関する報告をするためシアを探してやってきた。タンバ
ッシアはすぐにチュンキを川に下りる階段近くの物陰に連れて行き、マンディを終えた娘
を目で示した。あの女の身元を突き止めろと小声で命じる。今夜中に結果を持ってアンチ
ョルに来い。

娘は身づくろいをしてから道路に上がり、付添いの使用人老婆とふたりでトコティガ通り
を歩きだした。自分を凝視していた男があったことなど露ほども知らない。チュンキはそ
の後を付けた。


数時間後、アンチョルで新しい女と遊んでいたタンバッシアに、チュンキが報告を届けに
来た。実にタンバッシアのチェンテンたちは女に関する情報収集が巧みだ。あの女はリム
・インニオという名で、四カ月前にパテコアンで米屋を営んでいるシンケのアサムの妻に
なった。実家はボゴールにあり、年齢は二十歳前。今は妊娠三カ月になっている。「シア、
なんで妊娠している女なんかを欲しがるんですか?若い新鮮な女がいくらでもいるという
のに。」

タンバッシアはニヤリと笑っただけで、何もチュンキに言わなかった。しかし腹の中には
こんな言葉が浮かんでいた。『妊娠していようがいまいが、何の違いがある。オレは美し
い女が欲しいのだ。それが結婚してまだ間もない女ならもう言うことは何もない。』
[ 続く ]