「黄家の人々(45)」(2022年07月28日)

このリム・インニオはボゴールの貧しい華人家庭で育った。娘になったとき、ボゴールの
既に正妻を持っている華人オフィサーの息子が2千フローリンの結納金で妻にしたいと申
し込んで来たが、親はわが娘を妾にする気はないと言って断っている。そしてやはり貧し
いが働き者であるアサムの妻にした。

顔立ちの美しさは別にして、インニオは口数の少ない、派手さを嫌う娘で、愛想笑いなど
ほとんどしないから、男心を引き寄せる魅力という点に不足があった。男にちやほやされ
ることなどかの女の望むところではなかったのだろう。本来的にタンバッシアの遊び相手
が務まる娘ではなかったのではあるまいか。

結婚してほどなく妊娠し、毎夜夫に愛される日々を体験して、この夫婦は熱く相手を恋し
合う蜜月の真っただ中にあった。四カ月前にパテコアンのアサムの住居に入ったインニオ
は、毎晩夜7時ごろ川に行き、排泄してマンディした。パテコアンの家から近い川は小さ
くて水が汚いため、そのうちにトコティガの方までやってきてその習慣を果たすようにな
った。インニオがその用で出かけるとき、ボゴールから連れて来た下女の老婆が付き添う
のが常だった。


翌朝、タンバッシアはインニオの暮らしぶりと性格をもう一歩突っ込んで調べさせた。イ
ンニオが金や品物でなびくかどうか。答えは悲観的だった。物質的な欲望の薄い女のよう
であり、おまけに妊娠したばかりだから夫への想いがとても高まっている状態なので、イ
ンニオをその気にさせるのはきわめて困難だ。

思案投げ首のタンバッシアはその夜、夢を見た。膝に乗せたインニオを自分が愛している
夢だ。翌朝目覚めたタンバッシアはもう決心していた。インニオを手に入れずにはおかな
い。行動が開始された。

インニオの下女の老婆がターゲットの口火だった。この老婆にインニオとの橋渡しをさせ
る。金をもらった老婆はチェンテンに言われたことをしてみた。高価な装身具を見せてイ
ンニオの気を引き、気持ちをタンバッシアに向かうように仕向ける。老婆は容易に抱き込
まれて一週間の試行がなされたものの、効果はなかった。この嬢ちゃんはそんな賎しいこ
とのできる娘じゃないんですよと老婆はコメントした。

金品で動かせないのならグナグナを使えばよい。タンバッシアはプロガドンに住む高名な
ドゥクンのサエラン師を呼ばせた。このドゥクンはププイバユの術に優れていることで知
られていた。術をかけられた者は金縛りにあって動けなくなる。また他人の意識を狂わせ
る術も心得ており、術がかかると30分間ほど意識が混濁して自分が何をしているのか分
からなくなる。


やって来たサエラン師はタンバッシアから企てを聞かされ、仕事を請け負った。目をつぶ
って指を折り、何かを数えている。そして目を開くと、タンバッシアに言った。「ババシ
ア、この娘にはグナグナがかからない。今は聖なる血を孕んでいるのです。ならば力づく
でかどわかせばいい。それを邪魔したり奪い返したりできる者がいないことはわしが保証
します。」

喜んだタンバッシアはいつすれば良いのかと尋ねる。今日の夕方はスネンルギだからババ
シアに強運が付いている。今からやれば良いでしょう、とドゥクンはアドバイスした。
タンバッシアはすぐに舟と屈強な男を手配させた。

「ではあの娘が今夜川に来てマンディするとき、舟でさらって秘密の場所に担ぎ込む。あ
んたも一緒に来てくれ。」
「よろしい。ではわしは舟の中にいて、その娘が声を立てないように術をかけましょう。」
[ 続く ]