「ディルガハユ」(2022年08月19日)

ライター: 国語オブザーバー、パムスッ・エネステ
ソース: 2006年8月11日付けコンパス紙 "Dirgahayu RI" 

ここ数日間われわれは、8月17日インドネシア共和国独立宣言に寄せた国民からの多彩
な賛辞を目にすることになる。ビル・道路・小路の入口などにDirgahayu HUT RI Ke...な
どの文字が記された垂れ幕が掲げられるのだ。テレビや印刷メディアにも同じような文句
のコマーシャルが入れ代わり立ち代わり登場するだろう。

アントン・ムリヨノ氏は1975年から既に、Dirgahayu HUT RI Ke...の句を修正するよ
う提案してきた。Dirgahayu Republik Indonesia、あるいはSelamat Ulang Tahun Ke... 
Republik Indonesiaがかれの修正提案だ。(Santun Bahasa, 1984, 11-12ページ)

ユス・バドゥドゥ氏も同じことを提案した。バドゥドゥ氏の提案はDirgahayu RI Ber-HUT 
Ke... 、あるいはDirgahayu Kemerdekaan Kitaだった。(Inilah Bahasa Indonesia yang 
Benar, 1983, 26ページ)


われわれの中にアントン・ムリヨノ氏やユス・バドゥドゥ氏の書いた文を読んでいない者
がたくさんいることはありうるので、毎年同一の間違いが繰り返されているのは不思議な
ことでない。

Dirgahayu HUT RIという句はどこが悪いのか?辞書や専門家によれば、Dirgahayuという
語の意味は(semoga) panjang umurということだそうだ。そのためにDirgahayu HUT RIと
書けば、HUT RIに長寿を期待するということになる。われわれが長寿を望んでいるのは誕
生日でなくて、インドネシア共和国あるいはインドネシアの独立ではなかっただろうか。


同じような間違いはdilempariという言葉の用法にも見ることができる。ある日の夕刊新
聞の一面にRumah Sri-Bintang Pamungkas Dilempari Batuという見出しが踊っていた。イ
ンドネシア語を正しく理解しているひとたちはきっと、それを見て眉根を寄せたことだろ
う。無生物であるはずの石がいったいどのようにしてスリビンタン・パムンカスの家屋を
melempariすることができたのだろうか?

記事の内容がどうなっているのかをわれわれはいぶかしんだ。その記事はスリビンタン・
パムンカスの家に数人の男が投石したことを報じていた。そうであるなら、その見出しは
意味が違ってくる。火から離して肉を焼き、心と文は離れ離れというものだ。

その内容であるのなら、見出しは:
(1) Rumah Sri-Bintang Pamungkas Dilempari
(2) Rumah Sri-Bintang Pamungkas Dilempari Orang
(3) Rumah Sri-Bintang Pamungkas Dilempari Orang dengan Batu
のいずれかでなければおかしい。短いのがいいのか、長いのがいいのかという選択肢しか
ない。


ある朝刊新聞の記事はまた別のものを含んでいた。ある記事の中に記者はこんな文章を書
いた。
Beberapa waktu yang lalu, Badan Pengawasan Obat dan Makanan menemukan empek-empek 
dan mi basah yang dijual di beberapa tempat di Sumatera Selatan ternyata mengan-
dung formalin.

empek-empekという言葉に注目していただきたい。記者の脳裏にあったのはpempekだった
のではなかったろうか。ぺンペッとはパレンバン地方の郷土料理で、小麦粉と魚を合わせ
て練ったもの。酢を含んだ汁に浸けて食べる。(KBBI第三版,2001,847ページ)
大勢のひとに好まれている食べ物だが、その記者はempek-empekと書いた。

empek-empekとは何のことか、読者はご存知だろうか?KBBIによればンペンぺとはた
いへん年を取った男性、つまりkakek-kakekの意味になっている。記者の脳裏にあったも
のとはまるで異なるものが書かれたのだ。またまた脳と文が離れ離れの一例が出現したの
だ。