「黄家の人々(61)」(2022年08月22日)

スーキンシアには目算があった。テジャの姉、マサユグンジンが求められている証人の筆
頭候補者になるだろう。かれはマサユへのアプローチを開始した。

翌日、スーキンシアはチュルッのパサルバルにあるマサユ邸にやってきた。ところが、女
主人に会いたいとその家の使用人に求めても、この家の主人はタンバッシアであり、ババ
の許可がないと誰にも会わせられないの一点張りで、取次ごうともしない。その日は仕方
なく引き返したものの、これは金を使うに限る、とスーキンシアは考えた。

次の日、別の使用人に金を渡して取次いでもらい、マサユが庭で会うことにしたので、ス
ーキンシアは花の咲きほこる庭園に案内された。ふたりは互いに自己紹介し、スーキンシ
アの上品な人柄と爽やかな話しぶりに安心したマサユはかれの話に引き込まれた。

同じ故郷であるプカロガンの話などをしたあと、スーキンシアは本題に入った。「ジャワ
の女性は自分の兄弟姉妹に冷たいという欠点を持っていますね。」
「そんな馬鹿な。」とマサユは否定する。
「そうじゃありませんか、マサユ。ババを愛したために、はるばるとやってきた弟が殺さ
れても、何もしてやらない。弟には何の罪もなかった。ババがかれに嫉妬したことがかれ
の一生を台無しにしたんですよ。」

スーキンシアが何を知っているのか見当のつかないマサユは突っぱねようとした。
「何のことをおっしゃっているのか、わたしにはよく分かりません。」
「あっ、そりゃおかしい。自分が作って弟にあげた手作りバティックのサルンを殺した人
間が履いていたというのに、自分が考えたバティックの模様を忘れてしまうなんて。」
見る見るうちにマサユの顔色が変わり、両眼から涙があふれてきた。スーキンシアはマサ
ユの反応に気付かないふりをしながら続ける。
「サトウキビ畑に埋められた弟の遺体に流す涙もなく、弟を敵視して殺させた男の接吻を
受けるために頬を与えているなんて・・・」

マサユはしゃくりあげながら泣き始めた。
「ああ、やっぱりわたしの想像した通りだったのね。弟には何の非もなかったというのに、
ピウンが殺してあのサルンを奪ったんだわ。何ということでしょう。
でも、わたしがそれを知っていることがババに分かれば、わたしも殺されるわ。ここには
わたしを守ってくれるひとがいないんですよ。」
「警察があります。法律がその非道に罰を与えます。マサユ、あなたもその非道に立ち向
かわなければなりません。あなたの弟を亡き者にした人間は罰せられなければならないの
です。世の中の間違いを正すために、あなたも協力しなければなりません。それができる
ように、わたしがあなたを助けます。ぜひ決心してください。」
「ちょっと待ってください。もしババが戻って来れば、わたしも殺されます。」
「いいえ、そんなことは起こりません。あの男は何人もの生命を失わせた張本人であり、
二度と戻って来ることはありえません。あの男の未来は絞首台に吊り下げられるだけなの
だから。」
「ニ三日、考えさせてください。」
「いいでしょう。」
スーキンシアは、必要な際の用心のために持っていなさいと言って百フローリン札を2枚
マサユの手に握らせてから、その屋敷を去った。


翌日、タングラン警察は発見したテジャの遺体を検証させるためにマサユを招いた。スー
キンシアに付き添われてやってきたマサユは弟の変わり果てた姿を見て泣き崩れた。バタ
ヴィア副レシデンもそれに立ち会うためにタングラン警察を訪れていて、マサユからたく
さんの証言を得て口述記録書が作られた。[ 続く ]