「黄家の人々(62)」(2022年08月23日)

そこにはタンバッシアに不利な内容が満ちあふれていた。スーキンシアの働きによって一
年以上前に起こったテジャ殺害事件のほぼ全貌が明るみに出されたのだ。マサユはもうチ
ュルッの自邸に戻る気持ちを持っていなかった。あそこに住んでいればだれに殺されるか
わからない。スーキンシアは怯え切っているマサユをバタヴィアに移らせてかくまうこと
にした。


この時期にはもう、殺人鬼タンバッシアの噂が世間に知れ渡っていた。世の中には、タン
バッシアが絞首刑になるようにとの誓いを立て、誓いが破れたら罰金を払うというような
ことを行うひとびともあった。かれらはきっとその賭けに勝つべく、一心不乱に縛り首を
神に念じたにちがいあるまい。

警察の取調べが再三行われたものの、タンバッシアはすべての容疑を否認した。法曹機構
の中でタンバッシアのひいきをする人間もいた。トウラン検事もそのひとりだ。この検事
は取り調べに同席したとき取調官の尋問に口をはさみ、この高貴で大金持ちの人物がその
ような残酷な殺人を犯すはずがないではないか、と言った。その話を聞いた副レシデンは
トウラン検事を呼びつけ、「検事は公正でなければならない。あなたはピウンとスロの自
供をその耳で聞いているではないか。どうして取り調べ中にあのような発言ができるのか?
検事は身を慎まなければならない。あなたの上に漂っている暗雲がいつあなたを包むか知
れないのだから、気を付けたほうがよい。」と警告を与えた。

一方、タンバッシアと親しかった高官たちも副レシデンを訪れて、若気の至りによって起
こった事件であり、かれは将来のある青年なのだから厳罰を与えず、このできごとを教訓
にしてバタヴィアにとって有益な人物に育つような方向性で対処してほしいと忠告するよ
うなことも何度か起こった。

プカロガンのレヘントとラデンアユもタンバッシア事件の成り行きに心穏やかでなく、バ
タヴィアへ行って諸方面にタンバッシアに対する刑罰の軽減を運動しようと考えて政庁に
休暇を願い出た。それを知った華人マヨールはすぐに政庁上層部に教えた。タンバッシア
の姉がプカロガンのレヘントの妻である。重大犯罪者の家族である地方高官が何をしにバ
タヴィアへやってくるのでしょうか、と。政庁上層部はプカロガンのレヘントの休暇願を
却下した。


タンバッシアにも、長官公邸の外の世界で自分に関連するさまざまなできごとが起こって
いることは噂話や取調べの言葉の端々から推測できた。そして、自分を有罪に向けて追い
込んでいる首謀者が華人マヨールであることも十分に察しがついた。その憎しみが燃え上
がったとき、かれは言った。「オレが外に出られたなら、次はあのマヨールを借金がらみ
で監獄に入れてやる。少なくとも、一歩も外を出歩けなくしてやるからな。」

タンバッシアとマヨールが既に食うか食われるかの関係に入っていたのは間違いあるまい。
タンバッシアを絞首台に登らせることに努めたマヨールの動機はもちろん、単なる正義感
だけだったとは言えないだろう。だが、自分が食われそうになれば相手を食おうとするの
も当然の反応ではあるまいか。

ある日、マカウシアが2歳になるタンバッシアの息子をマヨールの邸宅に連れて来て、マ
ヨールの前で土下座させた。この幼な子に免じて父親を赦してくれというつもりだったの
だろう。マヨールは相手をせず、一言も言わないで家の奥に消えた。[ 続く ]