「黄家の人々(64)」(2022年08月25日)

ある日、タンバッシアの部屋に華人がひとり放り込まれた。蘇姓のその男は監視のオパス
に毒づいた。「ひとの悪口言っただけで、なんで留置されるんだ。スーキンシアって野郎
はとんだ食わせ者だ。ウイ一族の娘と遊んでるんだからな。それを言いふらしたら、マヨ
ールがこんなことをしやがった。」

その男が入って来たとき、タンバッシアはまったく無視していた。ところがスーキンシア
の名前を聞いたとたん、怒りが燃え上がった。それでも、タンバッシアはその男に近付こ
うとしなかった。男は口を開けばマヨールを罵り、スーキンシアを嘲った。そんな日が三
日ほど続き、タンバッシアの警戒心がゆるんできた。ふたりは話をするようになり、ブン
チエの冗談にタンバッシアは声を立てて笑った。

タンバッシアも自分の話をするようになったが、殺人に関わる話はなにひとつ出て来ない。
ブンチエはタンバッシアに自分をもっと信用させようと努めながら、辛抱強く時が来るの
を待った。


親しくなったふたりはよく会話するようになった。ブンチエという男はよほど話し好きの
ようだ。あれこれと自分の話をし、シアが自分の話をするようねだったりする。

ある夜、就寝前のひとときにブンチエは女の話を始めた。「恥ずかしながら、実はわたし
ゃその方面にゃオクテでして、18になるまで女を知らなかった。女のアソコがあんな風
になってるなんて、はじめて見た時にゃ驚きましたよ。で、それがまたひとりひとり違っ
てるでしょう。おまけにそこをいじると反応がまたひとりひとり違ってる。こんな素晴ら
しいものがこの世にあるなんて、想像もしてませんでしたよ。シアが女を知ったのは何歳
でした?」

そしてブンチエは自分の女遍歴を事細かに物語り、シアの感想を尋ねたりした。どこそこ
に住んでいた女の身体はどの部分がどうで、どこをどうしたらこんなによがったなどとい
う、いわゆる猥談が続いた。もう何週間も女気から切り離されて独房暮らしを続けていた
タンバッシアは女への欲望を強く刺激され、自分が遊んだ女たちの思い出が次々によみが
えってきてその夜は熟睡できなくなってしまった。


翌朝、寝不足で鈍重になったタンバッシアを見て、ブンチエが心配そうに尋ねた。「シア、
元気がないですな。何か心配事でもあるんですか?何でもわたしに言ってくださいよ。そ
うすりゃ、気が楽になる。」
「ブンチエ、オレの話は世間でどんな噂になってるんだ?詳しい話を聞かせてくれ。オレ
の容疑は何だと言ってる?」
「シアは殺人容疑者ですよ。だけどね、シアほどの金持ちなら何も心配することはありま
せんぜ。バタヴィア一番の腕利き弁護士が必ず全力をあげてシアの容疑を晴らすでしょう。
わたしみたいな貧乏人とは違うんだから。わたしゃスーキンシアの悪口を言っただけでこ
こに放り込まれた。入れただけで取調べも何もありゃしない。これじゃ、いつ出してもら
えるのかわかりゃしない。あの下司マヨールの奴め・・・・」ブンチエはマヨールを罵り
ながら涙をこぼす。その様子を見てタンバッシアは語り始めた。

「あのプカロガンのチナ野郎はオレの一族の娘に手を出してオレを辱めたので、オレはあ
いつに思い知らせてやろうと考えた。だからその腹いせができる機会をうかがった。とこ
ろがその機会はなかなかやって来ない。それでもっと巧妙な手を使う必要があることに気
付いた。オレは頭脳をふり絞った。そして絶妙な手段を考え出した。あいつを世の中から
葬り去る絶妙な手段だ。ところが抜かりがあった。まさかあいつの代わりにオレがこんな
目に遭うことになろうとは夢にも思わなかった。なにしろ、生命にかかわることだったん
だからな。」
[ 続く ]