「黄家の人々(66)」(2022年08月29日)

市警長官はそのまま副レシデン邸に報告に行った。一方、ソウ・ブンチエもすぐに市警長
官公邸から解放され、マヨールに報告するために帰って行った。マヨールは大喜びし、約
束した成功報酬を全額ブンチエに与えた。

タンバッシアがウイ・チュンキ殺しを自白したというトピックがバタヴィア中を駆け巡っ
た。もちろん、タンバッシアが語った通りの話がそこに添えられた。マカウシアの耳にも
すぐにそれが聞こえた。思い余ったマカウシアはバタヴィア随一の腕利き弁護士でタンバ
ッシアと親しかったメステルAバックルをタンバッシアのために雇った。

Aバックル弁護士はタンバッシア事件がきわめて厄介な内容になっていることから、じっ
くりと方針を練らなければならなかった。だがこの弁護士は切り札を持っていたのだ。か
れの実の弟であるBバックル氏は巡回裁判所の現職総裁だったのである。その切り札をあ
てにして、弁護士は4万フローリンでその仕事を受けた。無罪判決を勝ち取ったら10万
フローリンを与えるとマカウシアは弁護士に約束した。


タンバッシアが物語ったことを市警長官と検事補が口述記録書にまとめた。それにもとづ
いて警察はタンバッシアの取り調べを行ったにもかかわらず、タンバッシアは頑としてそ
の内容を否認した。

警察側が必要とする情報と証拠品がほぼ揃ったと判断した副レシデンは、タンバッシアの
身柄をグロドッ監獄に移した。タンバッシアはそれを喜んだ。監獄に入れば、タンバッシ
アもワンノブゼムになる。市警長官公邸で厳重な監視下に置かれ、外界との通信が一切禁
止されていた状態は、監獄に入ったことで消滅した。

警察は監獄長に対し、タンバッシアが外部と通信することを禁止するよう命じたものの、
金の威力には勝てなかった。タンバッシアの書いた手紙を看守長自身がトコティガの邸宅
に届けに行ったのだから。


タンバッシアはときどき馬車でプチナンに行くという話をする者もいた。ぴったりと幌で
覆った馬車に入り、御者の他に男がひとりだけ付いたその馬車は時おりトコティガに向か
う。トコティガの邸宅にある金庫を開いて現金を取り出し、監獄内での暮らしをできるだ
け昔のようなものにするために使う必要があるのだから、囚人が外を出歩くことも避けら
れないものになっていたようだ。

タンバッシアはグロドッ監獄に何カ月も拘留された。その期間、監獄内は時ならぬ好景気
に沸き立った。タンバッシアは数万フローリンの金をその期間監獄内で費やしたのだ。監
獄の上級職員から下っ端看守に至るまで、突然みんな金回りが良くなったのである。タン
バッシアが監獄から自宅に現金を取りに行くという訳知りの話を信じさせるのにその現象
は十分すぎるものだった。


警察と検察は協力して、ついに起訴状を巡回裁判所に提出した。それに関連してマヨール
は、巡回裁判所総裁とタンバッシアの弁護人に雇われたAバックル氏が実の兄弟であるこ
とに不安を抱いた。タンバッシアをここまで追い込むのにたいへんなエネルギーと金を使
ったのだ。タンバッシアが死罪を免れたなら、必ず逆襲してくるだろう。法廷で弁護人と
判事につるまれたら、最悪の事態に至らないとも限らない。

まずは裁判所に冷水を浴びせかけることだと考えたマヨールは、総督庁の高官たちに公正
な法の運用に関する不安を吹き込んだ。いきなり、総督庁の巡回裁判所総裁に向ける目が
白くなった。

兄と総督庁の板挟みにあって居心地の悪さを感じ始めたBバックル氏は、タンバッシア事
件を扱うのをやめようと考えた。自分は休暇を取ってヨーロッパに行き、タンバッシア事
件の審判が終わってから戻って来ることにして、総督に休暇願を出した。ところが総督は
それを承認しない。「あなたは法の正義を実行すればそれでよいのだ。万人が納得できる
判決を下すだけでよい。仕事を捨てて逃げ出すほどのことではないだろう。」と総督に言
われて、Bバックル氏は諦めた。起訴状を詳細に検討した上で世間が望む判決を下すしか
ないことをかれは悟ったのである。[ 続く ]