「黄家の人々(71)」(2022年09月05日)

タンバッシアの一家は処刑後の遺体を引き取る許可を求めたが、承認されなかった。遺体
は処刑後ただちに行政側によって埋葬されなければならないとの命令が下されて、棺桶と
葬儀用の諸道具が絞首台の傍に用意されたのである。


市庁舎前広場に近付くのがたいへんになっているために諦めたのか、たくさんのひとびと
が監獄前にも集まって来た。タンバッシアの最期の姿をそこで見ようとしているのだろう。

監獄長と市警長官に伴われて出門してきたタンバッシアは、全身白ずくめの姿で囚人用馬
車に乗った。白の上着はボタンまで白で、頭には白い中国帽をかぶっている。かれは沈鬱
な表情をしていたが、しっかりした足取りで平然と馬車に入った。もうひとりのピウンは
鎖でがんじがらめにされたまま刑務所内で暮らしていたために痩せ衰えて歩くことすらで
きなくなっていたので、オパスたちに担がれて馬車に乗せられた。


市庁舎前広場はひとで一杯になっていたため、囚人護送馬車は広場の端から中に入れない。
死刑囚と護送人の一行はしかたなく馬車を下りて、人ごみをかき分けながら絞首台に進ん
だ。絞首台を囲んでいた兵士たちがその通行に便宜をはかった。タンバッシアはしっかり
した足取りで周囲を睥睨しながら進む。かれの顔に恐怖や畏怖の表情を読み取ることはで
きなかった。

絞首台の前に達すると、裁判所がかれらに下した死刑判決が再度読み上げられ、首都防衛
軍ラッパ鼓隊がファンファーレを奏した。処刑執行の立ち合い人になった政庁高官たちが
帽子を取ってふたりに敬意を表すると、タンバッシアはそれを受けてかれらにうなずいて
見せた。

死刑執行人とその助手がピウンに手を貸して絞首台に登らせ、タンバッシアはだれの支え
も受けずに自分から階段を登った。恐怖に身体が震えているピウンと、平然としたタンバ
ッシアの姿が絞首台の上で並んでいる。タンバッシアこそが男の中の男だというささやき
が群衆の間に広がった。


まずピウンが吊るされた。身体がたいそう弱っていたというのに、かれが完全に息絶える
までには10分もの時間が必要とされた。検死の医師がピウンの身体を調べて死の確定を
表明し、ピウンの遺体は地面に下ろされた。

表情も変えずにピウンの死を傍らで黙って見ていたタンバッシアは、ピウンが下に降ろさ
れたあと、綱がまた引き上げられて次の処刑の準備が整ったのを見て、絞首台の前方中央
に進んだ。帽子を片手で取って上に挙げてからうなずき、集まっている群衆に敬意を表し
た。そしてかれは決別の辞をはっきりした声で世の中に叫んだ。「15年経てば、ウイ・
タンバはまたよみがえる!」

その声明は、自分をこんな目にあわせた敵たちにかれのまだ幼い一人息子が成人してから
復讐することを予言するものだったのだろうか、それともその一人息子に託した願いだっ
たのだろうか?


死刑執行人が輪をタンバッシアの首にかけると、タンバッシアはこうささやいた。「オレ
のポケットに50ルピア札が一枚入っている。おまえの労賃として用意した。だから、オ
レの死を早めようとして乱暴なことをしないようにしてくれ。」

タンバッシアが吊り下げられると、執行人はそこからちょっと離れてただ成り行きを見守
るだけだった。つまり吊り下げられたタンバッシアの足を引っ張ることをしなかったとい
うことだ。足を引っ張るという表現の元来の語義は、現代日本語からすっかり忘れ去られ
ているように見える。[ 続く ]