「ルジャッの真実(3)」(2022年09月05日)

マレーシア語のママッはいくつかの意味を持っているが、その中にインド人ムスリムを指
す言葉という語義がある。インド人ムスリムが作るハラルフードはMamak Stallで販売さ
れているのである。

ムラユ語で二つの単語の標準的修飾関係は被修飾語+修飾語の語順になる。インドネシア
ではそれをDM法則と呼んでいる。ところがインド系言語はそれが逆になっていて、修飾
語+被修飾語の順番になる。その原則はインドヨーロッパ語族の中で一般化されたから、
インド人がインド語で話す場合は言うまでもなく、何人であろうとも英語を話す場合はそ
れをママッロジャッと称する。インドネシア人ですら英語で会話するときは語順を逆転さ
せているはずだ。


この食べ物はマレーシアからシンガポールにかけての一帯で、ママッロジャッ・インディ
アンロジャッ・パセンバーなどという名前で呼ばれている。ママッロジャッはたいてい、
揚げパン・豆腐・茹でポテト・エビフライ・茹で卵・モヤシ・イカ・キュウリを混ぜ合わ
せたものに濃い甘辣ピーナツソースがかけられたものだ。

パセンバーpasemburという名前はペナンが発祥地であり、マレーシアの北西部地方に拡散
したそうだ。マレー半島の北部を除くと、たいていママッロジャッという名前で呼ばれて
いる。しかし、シンガポールでもパセンバーという名称のものを食べることができるらし
い。英語ウィキによれば、シンガポールのパセンバーはポテト・茹で卵・豆腐・エビフラ
イに甘辣のチリソースがかかったものと説明されている。


ルジャッはヌサンタラの各地に広まって、さまざまなバリエーションを生んだ。ブタウィ
にはrujak juhiがある。インドネシア語のジュヒはイカの干物のことだが、ジュヒという
言葉はイカを意味する福建語の◇魚(◇=魚尤)であり、福建人は干物になっていないも
のもそう呼んでいる。

ブタウィのルジャッジュヒは干したイカが主役になる。付け合わせは果実でなくてキャベ
ツ・ジャガイモ・サラダ菜・キュウリなどだ。それにサンバルソースでなくてピーナツソ
ースがかけられる。この辺りの印象はマレー半島のママッロジャッを想起させてくれるも
のだ。

たとえ基本がそうであっても、たくさんの作り売り人がいればみんな個性化を図るのが世
の常だから、魚市場で生のイカを買ってきて、それに熱を加えて乾燥させる者もいるし、
ピーナツソースに独自のサンバルを加える者もいる。

このルジャッジュヒは名前からして華人文化の匂いを発散させている。華人は麺mie、米
粉bihun、索粉sohun、豆芽toge、韭菜kucai、蕗蕎lokioなどをヌサンタラに持ち込んでき
た。果実のルジャッでない、野菜と海産物のルジャッは多分、ヌサンタラのひとびとのア
イデアを超えるものだっただろう。


1960〜70年代にかけて、今のルジャッジュヒと呼ばれる食べ物の初期形態のものが
グロバッを押す巡回物売りによって販売されていた。ある筆者が書いた昔の思い出の中に、
そのころバタヴィア住民はその食べ物をtroktokと呼んでいた、というものが見つかる。

トロットッという言葉は、グロバッを押す物売りが竹の切れ端をトトットッというリズム
で叩いていたため、擬音語が食べ物の名称にされたものらしい。トロットッは長豆を短く
切ったもの、ジャガイモ、ジュヒ、麺、キャベツに酢で練ったピーナツソースをかけたも
のだった。[ 続く ]