「マルチ肉食(5)」(2022年10月10日)

どこの民族にも過激食を愛好する人間はいるようで、自分の地元で食べられていない動物
肉を食べることにかれらは魅力を感じるようだ。だからもしもその種の人間がカザフスタ
ンやジネポントへ行けば、大喜びで毎回馬肉入り料理を食べるかもしれない。コブラ肉・
オオトカゲ肉・コウモリ肉・ネズミ肉・スッポン肉・犬肉・猫肉・サル肉・・、果てはカ
ンガルーからワニ・ライオンに至るまで、きっとその種のひとびとにとっては垂涎ものに
なることだろう。

社会がそれらを平常食と位置付けている土地では、また意味合いが違ってくる。言葉が示
している通り、平常食を過激食と思って食べる人間はいない。犬や猫は現代社会のどこに
でもいるものだが、犬肉を社会が平常食として食べている国は韓国・中国・ナイジェリア
・スイス・ベトナムくらいだそうだ。だがインドネシアでも、犬肉を平常食として食べて
いる種族がある。肉なら何でも食うミナハサ人は別格として、有名な北スマトラのバタッ
人・タパヌリ人、えっと驚くジャワのソロやジョグジャ人などが挙げられる。だったらイ
ンドネシア人は犬肉を食っているじゃないか。どうして上のリストに名前が出て来ないの
か?するとスンダ人やバンテン人が顔を出して言う。「わたしはインドネシア人だ。われ
われは犬肉を食べない」。こうして、犬肉を平常食として食べている国のリストにインド
ネシアは入らなくなったのだろう。インドネシアの犬肉食種族さえもが、自信と誇りを持
って「犬は食える」と言わなくなった。言わないが、やめたわけではない。「犬と言うか
ら他種族の連中が変な目で見る。隠語を使おうぜ。」

マナドやミナハサへ行くと犬肉はエルウェーと呼ばれる。RWとはrintek wuukの頭字語で、
意味は繊細な毛ということらしい。バタッ人はB1が犬肉を示す暗号だ。犬を意味するバタ
ッ語biangに由来している。ソロやヨグヤカルタでは、犬肉のサテをsate jamuと呼ぶ。サ
テ肉で出し汁を取ったスープのtongsengの中で、犬肉を使ったものはセンスと呼ばれる。
ジャワ語の犬はasuであり、tongSENG aSUを短縮するとsengsuになるのだ。


犬を屠殺して食うのはやめろと世界中を指導している西洋文明も、食い物がなくなれば犬
を食ってきた。世界の警察と呼ばれる米国でも、西部開拓史の中で犬が食われたし、南北
戦争のとき、食材が枯渇した地方では馬が食われ、ラバが食われ、そのあとに犬が食われ
たという話だ。

各地各人種が何らかの理由で犬肉食をタブーにしたようだ。長い人類の歴史において犬は
多分に非常食だったから、食用として生まれ育てられたものでない、という心理反応が現
状の形を取るようになった可能性がそこから感じられるように思えないこともない。

猫に至ってはなおさらそうだろう。世界各地で猫は近代ごろまで人間に食われていた。も
ちろんインドネシアにも、今でも猫肉を平常食にしている種族があるという情報がネット
内に書かれている。世界的に見るなら、人間の健康に貢献するものという見方につきまと
われて、平常食でなくて保健食の意味合いが強い食材になっていたように見える。それが
そのまま現在まで継続されている国もあれば、猫を食うのはやめろと諭されて非文明的な
行為を粛清するという善行を果たした野蛮国もある。それがかれらにとっての文明化のひ
とつだったにちがいあるまい。


ところがマルチ肉食文化の典型であるミナハサへ行けば、猫肉も依然として人間の口に入
れられているのである。北スラウェシ州ミナハサ県トモホンのパサルは食用に飼育された
動物でない動物肉が普段から供給されている市場として有名だ。コウモリ・犬・バビルサ
・アノア・野ネズミ・クロザル・・・

パサルで売られている肉は豚・猪・犬がメインを占め、コウモリと野ネズミがその後を追
っている。牛肉ももちろんあるが、他の肉類の迫力には及ばない。ヤギの姿はほとんど目
につかない。[ 続く ]