「留学史(21)」(2022年11月01日)

植民地政庁の下っ端官吏になって長い人生を他人に少しずつ引っ張り上げてもらうよりも
技術を身に着けて民間の職人として事業を行う方が、自分の人生にも世の中のためにも有
意義ではないだろうか。官僚になれば、下手をするととんでもない不健康な土地での勤務
を命じられ、身体を壊して退職させられ、ほんのわずかな年金をもらって残りの人生を送
らなければならなくなる可能性だってある。

自分で事業を行うことで自分の意志を自分の人生設計に反映させることが容易になるし、
将来の暮らしをどうするかも自分次第になる。他人に使われるよりは、確実に自分の意志
のウエイトが重くなる。自分が関わる経済規模が小さいと言うかもしれないが、自分の身
の丈に合わせて大きくしていけばよい。

ドイツでは、ガラス製品作り・時計工・靴や履物職人・衣服のデザインから製品作り・四
輪二輪自動車工・自転車作りなど数十種類もの技能があちこちで教えられている。それを
修得して東インドへ戻れば、小規模ではあっても事業を興してすぐに社会の経済活動に参
加することができるし、社会にはその需要も豊富に存在している。

外国へ留学して戻った人間が全員法律家や医師になる必要などどこにもない。社会的に見
上げられるそんな肩書を身に着けたとしても、金回りが良くなければ生活は苦しくなる。
自動車修理工では世の中から見上げてもらえないかもしれないが、潤沢な収入を得て楽し
い暮らしを送るほうがはるかに実際的ではないだろうか。だれもが頭を下げるカンジュン
ンドロブパティになって借金漬けの人生を送るよりも、その方がはるかに健全だ。


ドイツに留学するにあたっては、ドイツ語の勉強を特にしなくても、オランダ語が流暢で
あればそれほど問題にならない。オランダ語のできる人間ならドイツ語はすぐに習得でき
るだろう。

資金はもちろん必要だが、たとえばドイツに2年間暮らして電気工の技能を身に着けるに
は、最低3千フローリンがあればよい。それは往復の船賃をも含んでの金額だ。

オランダへの留学を今考えているひとは、ドイツで技能を修得するという別のアイデアを
そこに加えて今の計画を抜本的に再検討してみてはどうだろうか。ただしドイツでそのよ
うな技能を身に着けて故郷へ戻っても、東インド政庁はそんな人間を歯牙にもかけないか
ら、行政との関係を絶対に期待してはいけない。


一方、ビンタンティムール紙はアブドゥル・リファイのその提案に補足説明を加えた。リ
ファイは植民地政庁の官吏になるなと言っているのではない。行政官僚は統率者がだれに
なろうと、常に必ず必要とされる。植民地政庁がいなくなれば、プリブミ行政官僚の層は
もっともっと厚くならなければならない。

今の東インド社会でも、技能工や技術の優れた職人がいないわけではないのだ。タンジュ
ンプリオッにあるジェネラルモーターズの工場で54分に一台の自動車が出来上がって来
る。その作業を行っている全員がプリブミだ。ヨーロッパ人はひとりもその作業に加わっ
ていない。ヨーロッパ人は作業を監督し、作業員をリードしているだけなのだ。

バタヴィアにヨーロッパのモードマガジンの店がある。その店に吊り下げられている最新
ファッションの衣服を縫製している者は全部プリブミだ。ヨーロッパ人はそれを指導し、
監督しているだけだ。自動車販売店や修理工房、ヨーロッパブランドの靴、どこでもすべ
て同じようなありさまですべてが行われている。われわれに必要なのは作業者でなくて統
率者なのだ。

ドイツへ留学して技能を修得してくるのは、自分が作業者になるためではない。事業を興
せば最初は作業者として働かざるを得ないだろう。しかし事業を拡大するに当たって、人
を雇い、作業を教え、作業者の仕事を導き監督しなければならなくなる。かれは自ずとリ
ーダーになっていくのである。そこに湧き上がって来る精神をわれわれはたいへんに必要
としている。[ 続く ]