「グラメラ(20)」(2022年12月19日)

Borassus sundaicusという学名のこのロンタルヤシで有名な地方がティモール島最南端の
ロテ島だろう。総面積1,280平方キロ、住民人口10万人ちょっとのこのロテ島がイ
ンドネシア共和国の最南端であることはあまり語られていないようだ。ロテ島の漁船がオ
ーストラリアの巡視艇に領海侵犯で拿捕される事件は昔から頻繁に起こっている。

ロテ島は乾燥した不毛の地だ。この土地を訪れるひとはたいてい、こんな不毛の地でどう
やって人間が暮らしてきたのかという疑問を抱く。その疑問の答えがロンタルなのである。

こんな土地にもロンタルの木がたくさん生えていて、ニラが住民にとっての飲用水の役割
を担ってきた。ニラの容器や飲むときのコップ代わりにニラの葉が使われる。葉と葉脈は
建物の資材になり、また独特の民族楽器ササンドにもロンタルの葉が使われる。ロテ人の
帽子もロンタルの葉を編んで作る。


ロテ島でも住民は畑や水田を作って食用作物を栽培しているが、8月から10月にかけて
の乾季の終わりから雨季の始まりまでの季節は農作業がほとんど行われず、住民の活動は
みんなロンタルの木に登ってニラ採集をするばかりになる。この地のひとびとはニラロン
タルのことをトゥアッと呼んでいる。

そのトゥアッを発酵させてから蒸留してアルコール飲料のsopieが作られ、蒸留回数を重
ねて高濃度の医療用アルコールまでも作られている。

住民のニラ採集は飲料のためもあるが、グラメラ作りの材料にもされており、東ヌサトゥ
ンガラ州で最大のグラメラ生産地がこのロテ島だという話にたいていのひとが驚かされる。
グラメラとは別に、この土地ではtuak nasuと呼ばれる液体状の砂糖も使われている。ニ
ラロンタルから作られるこの液体砂糖は茶色がかった黄色の濃い液体で、蜜の香りがする。
一方、グラメラはヌサンタラのどこにでもあるような粉末を成形した状態で作られる。ロ
テのグラメラは直径5センチ厚さ1センチの円板状になっている。


ロテ島を取材に訪れたコンパス紙記者を前にして、フレディ・フォンゲさん28歳は高さ
30メートルもあろうかというロンタルの木によじ登った。幹から葉が落ちた後に残った
おうとつだけが頼りだ。腰にはロンタルの葉で作った扇型の器が水牛の角から作られた索
具に吊り下げられている。

木のてっぺんでかれは朝置いたロンタル葉の容器と持って上がった器を取り換え、ニラの
溜まった器を持って降りてきた。地上に降り立つと、フレディはその器を記者に差し出し
た。ウエルカムドリンクだそうだ。暑く荒涼たるロテの自然の中で飲むニラの美味さは筆
舌に尽くしがたい。記者は甘味と酸味のほどよく混じりあったニラで渇きを癒した。生き
返った心持がした。ロテのひとびとは旅行者を見かけると、ロンタルの木に登ってウエル
カムドリンクを供してくれる。なんという優しさだろう。

ロテのひとびとにとって、ニラロンタルは飲料でもあり主食でもある。かれらは朝食にニ
ラを飲み、昼食はコメを食べ、夕食は再びニラを飲む。ニラロンタルは胃を健康にするの
だそうだ。ロテ人に胃の悪い者はいない、とかれらは言う。


ロテの家庭では、毎日10〜15本のロンタルから朝夕ニラを採集する。それを毎日の食
糧にする一方、液体砂糖を作って甘味素材にし、更にグラメラあるいはグラスムッを作っ
て現金収入をはかる。村々を巡ってグラメラを買い集める仲買人のひとりは、毎週グラメ
ラを1万5千個扱っていると語る。かれはそれをクパンに運び込んで販売する。ロテ島か
らクパンに流れるグラメラの流通量はひと月に百万個を超えるそうだ。[ 続く ]