「餅(1)」(2023年01月09日)

日本土着の言葉「もち」に中国文字「餅」が当てられた。日本の「もち」は、粒状のもち
米を蒸して杵で搗いた搗き餅と、穀物の粉に湯を加えて練り、蒸しあげた練り餅の二種類
に大別され、普通「もち」と言う場合は搗き餅を指し、練り餅は「団子」と呼んで区別さ
れることが多い、というのが日本語ウィキペディアに見られる説明だ。

一方、現代中国語の「餅bing」の意味は米粉あるいは小麦粉で平たい円形に作られた食べ
物となっていて、対象物はたいへん多岐に渡っている。日本語ウィキペディアの「餅(中
国)」のページには次のようなものが紹介されている。
葱油餅、発麺餅、烙餅、春餅、焼餅、煎餅、薄餅、蘿蔔絲餅、肉挟餅、荷葉餅、筋餅、胡
椒餅、餅子、炊餅、月餅、老婆餅、千層餅

他にも曲奇餅、茶餅、肉餅、麺餅などがあるそうだ。それらはペストリー・ビスケット・
クッキー・パンケーキなどという説明になっている。それらの中に、日本のあのきめ細や
かでべたべた粘つく「もち」の印象を感じることのできるものはあるのだろうか?中国食
通の方のご意見を伺いたいものである。


そのような現代語の語義の違いを対置して見るなら、「もち」と「餅」が等価としてカッ
プリングされたことに違和感を覚えるのは、はたして私だけだろうか?古代日本人が「も
ち」と「餅」を結び合わせたとき、かれらはどのような共通性をそこに見たのだろうか?
古代中国人は日本のあの「もち」のようなものを作って、それを「餅」と呼んだのだろう
か?もしも古代中国にそのようなものはなく、単に円形であることを理由にして渡来華人
が、あるいは帰国留学生が「餅」と書けばいいよと日本の社会に教えたのだろうか?疑問
は広がるばかりだ。

ところが日本語ウィキペディアの「餅」のページに、こんな情報が書かれていた。
≪日本で知られる飯粒を搗いたいわゆる餅は「□(次+食を上下に重ねた文字)(ツー)」
と呼んだという≫

その文字を英語ウィクショナリーで調べたところ、「◇=滋のさんずいを米に替えた文字」
の代用字であることが分った。そこで◇の文字の画面検索を行ったところ、団子や大福に
似たものがどっと出てきた。まあ「ものはためし」と思って一度お調べください。

あちこちの画像の解説の中に「麻◇」という言葉が出現していたのにお気付きだろうか?
マンダリンではマーツ―という発音になるが、福建地方のミンナン語ではモアツーとなる。
シンガポールではmuah cheeと呼ばれ、それが英語に摂りこまれてアジアオタクの欧米人
もムアチーと呼んでいるらしい。どうも「モーチー」の影が後ろに漂っているような気が
してならない。

中国でよく似たものに◇△(△=米巴)ツーパーというものがあって、わたしの私見だと
餡入りかそうでないかで違っているような印象を受ける。

さて□であれ◇であれ、それが古代中国に存在したのであれば、日本語の「もち」の表記
にどうしてそれらの漢字が当てられなかったのか。意味の違う「餅」の文字がどうして日
本の「もち」とカップリングされたのだろうか?謎は謎を呼んで渦を巻いている。


漢字が日本にもたらされた際に一緒に伝わった発音は日本語の中に音読みとして摂りこま
れた。漢字の伝来が長期にわたったことから漢字の伝来時期で発音に違いが起こり、日本
の国語界はそれを漢音・呉音・唐音などという名称で区別している。

現代日本語漢字「餅」の音読みは「ヘイ(漢音)」と辞書に示されている。しかし「へい」
と発音する日本語単語はなくなりつつあるようで、日本語ネットの代表的オンライン国語
辞典を見ると画餅・月餅・煎餅などはすべて「べい」「ぺい」という読み方が示されてお
り、「へい」という読み方が見つからない。少なくとも画餅は「がへい」と呼んで良かっ
たはずだが、その読み方はインターネットから消えつつあるようだ。餅という文字から「
へい」という発音を無くす意図が働いているのなら、いっそのこと漢字音読みもそれに合
わせるほうが、はるかに実用性が高まるのではないか?

現代中国語で「餅」の発音は「ピン」だが、広東語ではベンやビン、客家語ピアン、福建
語はピアやペンなどとなっている。また中国語古音は「ペン」、中古音は「ピエン」だそ
うだ。日本語音読み発音に似ている中国地方語発音は見当たらない。[ 続く ]