「餅(2)」(2023年01月10日)

インドネシアで暮らしているわれわれは、時に華人プラナカン社会の食べ物に接すること
がある。プリブミ社会に広まってプリブミが作るようになったものについては言わずもが
なだろう。そんなものの中に日本の「もち」に多少似ているものもある。

陰暦正月に欠かせないkue keranjangがそれだ。日本の鏡餅のように、これを積み重ねて
正月の二週間、家の中に飾る華人プラナカン家庭もあるという話だ。出来立てだと粘々し
ているが、一度固まってしまうと、それをスライスして温めたり油で揚げても粘つきはそ
れほどでなくなるような印象がある。作り方はもち米粉・グラメラ・ココナツミルクを混
ぜて大鍋で長時間煮込む。もち米が使われるから「もち」に似てくるわけだろうが、蒸か
して杵で搗くことをせず、粉で作るために粘りけに違いが出るのだろうか。このクエクラ
ンジャンは「もち」と言うよりも外郎の雰囲気を漂わせている。

この食べ物は華語で年▽nian gao(▽=米+美の下の大をれっかに替えた文字)あるいは
[舌+甘]ti[木+果]kweと呼ばれている。「▽」という食べ物は米粉や小麦粉その他の材料
を蒸したり焼いたりして作るケーキあるいはプリンやペーストと説明されている。ひょっ
としたら、「▽」という文字が「餅」の代わりに日本語「もち」の漢字になっていた可能
性はあるだろうか?


華人社会でクエクランジャンは陰暦正月にご先祖様を祭るための供物なのである。だから
礼拝を行なうときにそれなしで済むはずがない。礼拝は正日の6日前から開始され、正日
前夜にピークを迎える。そのあと、正月十五日の夜である十五冥(チャップゴメー)まで
クエクランジャンは手を付けずに飾られて、正月十五日の満月の夜に家族一同がうちそろ
って豪華な食事を楽しみ、そのときにクエクランジャンも開かれて全員で食される。ただ
しこれは供物用クエクランジャンの話であり、供物に使われないクエクランジャンはいつ
でもたべられているから、心配しなくてよい。

陰暦正月の祭礼期間中にクエクランジャンを飾る時、数個を積み重ねるのが普通だ。まる
で日本の鏡餅のように二層から九層まで、直径の大きいものを下にして先細に積み重ねら
れる。生産者はそのような使われ方に合わせて、2個パックから9個パックまで客の要望
に即して作っている。高層になればなるほどご先祖様への大きい尊敬と奉仕を示している
と解釈され、それに応じたご利益がもらえると信じられている。


華人プラナカン社会でクエクランジャンは陰暦正月の10日前から10日後くらいまで市
場を賑わす。祭礼の供物として以外に、社会交際における贈答品としての使い方がなされ
るからだ。親族・親戚・隣人・友人・知人への手土産にしたり、挨拶として贈ったりする
のに、たいへん重宝なものになっている。

ソロ市内のとある生産者は、白いクエクランジャンを作っている。白モチ米と白砂糖を素
材に用い、一対一の割合で混ぜ、ドドルやジュナンと同じように大鍋に入れて均等にかき
混ぜる。味と見た目を良くするためにハチミツが加えられる。それを成形型に入れて12
時間蒸すのだそうだ。昔は成形型に竹編みの籠を使った。そのためにこの品物の名称がク
エクランジャンになった。今ではアルミニュウムの型が使われている。この生産者は製品
が一年間日持ちすることを保証している。あまたいる生産者の中にはタピオカ粉を使い、
短時間蒸しただけで販売する者もあるそうで、値段はもちろん大幅に廉いが、その種の製
品は日持ちしないので気を付けたほうがよい、との談だった。

その69歳の事業主が父親から聞いた話を語ってくれた。中国で陰暦正月に作られるクエ
クランジャンは大きな笊くらいの円形をしていて、客が買いに来るとそれを切り取って客
に渡すのだそうだ。

粘々するクエクランジャンは昔、すべてバナナ葉で包まれていたが、今ではプラスチック
包装が普通になった。バナナ葉は洗って乾かしてから一度火で焙られる。そうすると割れ
たり破れたりせずに柔軟にクエクランジャンを包むことができる。今でもバナナ葉で包装
されているものがないわけではないものの、プラスチック包装のものより値段が高い。プ
ラスチック包装は見た目があまり優雅でなく、粗雑で軽率な印象を感じるのだが、取扱い
の面では確かに便利だ。[ 続く ]