「餅(4)」(2023年01月12日)

チュンテーはイドゥルフィトリ需要期になると、商品を生産能力いっぱいまで作ってタン
グラン市内の商店に卸している。一方、陰暦正月では完全な注文生産制を執っている。新
正の日の15日前に受注をストップし、生産能力のフル稼働を開始する。注文はジャボデ
タベッやスルポン一円から入る。だいたい毎年、2週間で5トンのクエクランジャンが生
産される。日によって2百個から5百個というバラツキが起こるのは、配達日に合わせる
ためだ。

チュンテーは5人の子供を得た。今ではみんな家庭を持って独立している。しかし陰暦正
月のクエクランジャン生産期になると、子供たちは適宜交替で実家にやってきて、クエク
ランジャン作りを手伝っている。最繁忙期にはみんながやって来ることも稀でないが、そ
れでも人手が足りなくなるとアルバイトを雇って注文をこなしている。

子供たちはみんな、自分が大卒の学歴を得たのはクエクランジャン作りあっての賜物であ
ることを十分に理解しているのだ。自分の亡き後は子供のだれかがきっとこの商売を継ぐ
だろうとチュンテーは思っている。

チュンテーは祖母が行ってきたクエクランジャン作りをそっくりそのまま今日まで続けて
いる。炉に薪をくべて鍋を熱する方法にも変化がない。火力を一定にする工夫や知恵も伝
えられてきたものが使われている。子供たちは既にそれを受け継いでいるのだ。

これこそチュンテーのクエクランジャンなのである。そしてそれを気に入った消費者が毎
年注文してくる。この図式は世代交代が起こっても、きっと続いてくれることだろう。
クエクランジャンの詳細については拙作「ジャワ島の料理」をご参照ください。
http://omdoyok.web.fc2.com/Kawan/Kawan-NishiShourou/71JavaCooking5of5.pdf
200 - 204 ページ


インドネシア人がインドネシアの食文化だと見なしている料理や食べ物の中に、福建語を
メインにして華語の名称がそのままその名前として使われているものも少なくない。その
一つがピアだ。

pia(餅の福建語読み)という言葉の付いた食べ物がインドネシアにいくつかある。スマ
ラン名物lunpiaもそのひとつ。華人は潤餅と書いてルンピアと発音したから、プリブミは
それをlumpiaと書いた。時おりlunpiaと書かれた綴りを目にするのは、それぞれの漢字が
本来持っている発音である潤lun餅piaに準じて表記する人がいるからだ。
ルンピアスマランの話しも拙作「ジャワ島の料理」をご参照いただけます。
http://omdoyok.web.fc2.com/Kawan/Kawan-NishiShourou/71JavaCooking5of5.pdf
50 - 53 ページ


月餅も、華人社会のみならずプリブミも好んでいるお菓子だ。しかしプリブミはその翻訳
語であるkue bulanを使うのが普通で、福建人が言うtiong chiu pia(中秋餅)とは呼ば
ない。だからインドネシアの中にいるかぎり、月餅はピアの一種とみなされないことにな
るかもしれない。

一方、肉餅に由来したと思われるbakpiaがジョグジャの名産品として知られている。中華
文化における肉餅は英語のミートパイが訳語にされているようだが、グーグルイメージで
肉餅の画像を調べてみれば判る通り、メンチコロッケもどきのものから餡に肉が使われて
いる饅頭のようなものまで、本当にその訳語で良いのかと思わせるようなものが続々と見
つかる。


肉という漢字は現代中国語でrouと発音されるものの、福建語発音はまるで縁もゆかりも
なさそうなbakである。インドネシアの食の世界には、バッという音が付く中華由来の食
べ物がたくさんある。

bakcang(bacang), bakmie(bakmi), bakpau(bapao), bakso(baso), bakwan, bakpia ...
由来元の華語は次のようなものと考えられている。
肉粽  肉麺  肉包  肉酥  肉丸  肉餅 ・・・ 

食べ物に付けられる肉という文字はそこに食用肉が使われていることを示している。どこ
の文化でも食肉はたいてい複数のバリエーションを持っているのだが、その群像の中の筆
頭者が肉という言葉で呼ばれる現象があるようにわたしは感じている。[ 続く ]