「陸軍点描(2)」(2023年02月08日)

Saracenというのはシナイ地方にいる遊牧民を指す言葉だったが、後の十字軍戦争時代に
はヨーロッパ軍の敵にあたるムスリム一般の呼称として使われた。元来は固有名詞であり、
インドネシア人にとっては外国語でしかない。そのためにたいていのインドネシア人はそ
の綴りに従ってサラチェンと発音している。

サラディンはあまりにも長く現役を務めた。PT.Pindadが国産の戦闘用装甲車両を最初に
手掛けたのは、1999年に設計が開始されて2002年から生産されたAPR-1Vだった。
APRとはインドネシア語で兵員輸送軽車両を意味している。次いでAPS-1と称する兵員輸送
中車両に移ってAPSが三車種続き、Badakと名付けられたFSV火力支援車両が2013年に
生産開始された。2018年に14両のバダッが国軍に納入されて、サラディンはやっと
後継者に肩の荷を下ろすことができた。バダッの主砲には90ミリ砲が装備されていて、
サラディンよりは戦闘能力も運動能力も優っている。


実は、サラディンに交代させるための戦車としてインドネシア国防省はもっと早い時期に
ドイツ製重戦車Leopardの購入を決めていた。ドイツ人はその綴りをレオパーズと発音し、
インドネシア人もその綴りをレオパールと発音するので、英語式発音のレパーズはここで
使わない。

2011年、インドネシア政府はオランダ王国から中古のレオパール100台を購入する
予定であることを公表した。ところがオランダ王国議会は政府に対し、基本的人権違反行
為に使われるおそれがあるとしてインドネシアへの売却を禁止した。しかしそんなことで
諦めるインドネシア政府ではない。政府は製造元のドイツに商談を持ち込んだ。ドイツ政
府はOKを出した。

レオパール2型103台の商談がまとまり、そのうちの63台はレボルーションモジュー
ル改造型が納入されることになった。2013年に最初の2台が到着して、その年の国軍
創設記念式典にその勇姿を示すことができた。2016年にはレボルーション型2台が届
いている。


インドネシア国内にも、国防省の重戦車購入決定に反対する声が最初から上がっていた。
多島嶼国家であり且つ高山が多く、たいていの島々が激しい起伏を持っているインドネシ
アの地形を見るなら、重戦車を使う戦闘が行われ得る場所は限られていて、他の場所では
重戦車の利点が発揮できない。

そもそも兵器開発が長足の進歩を遂げた現代では、戦車戦が起こる可能性はたいへん小さ
いし、たとえ起こったところでそれが戦局に大きい影響を及ぼすことも考えにくい。まし
てや、52トンもの重量物が路上を走れば、道路舗装は破壊されてしまうだろう。

しかし国防省が重戦車購入を決めた理由は、国土防衛のためではなかった。いや、そのよ
うな国土防衛における戦術面での視点からではなかったと言うほうが適切だろう。

重戦車の保有は域内軍事バランスの拮抗のために必要なのだ、と陸軍参謀総長は述べたの
である。それがインドネシアの持つ軍事力の総合評価を左右することになる。マレーシア
はポーランド製重戦車PT-91、ベトナムとミャンマーはロシア製重戦車を持っている。レ
オパールがやってくるまで、インドネシアの評価はフィリピンやティモールレステと同じ
レベルになっていた。

その説明はまるで、高額な重戦車を実用面で購入するのでなく、金持ちが豪邸や自家用機
を誇示するがごとく、社会心理面における飾り物にするために購入するような印象を与え
そうだ。確かに、戦車というものが局地的な戦術兵器以上のものになりえなくなった現在、
重戦車はその意味で中途半端な存在になってしまったのも間違いあるまい。[ 続く ]