「ヌサンタラのドゥリアン(1)」(2023年03月01日)

Durio zibethinusというのが本稿の主役になるドゥリアンの学名だが、たくさんの仲間が
いるので、本稿を全面的にかれに献じているわけではない。愛好者には果実の王者、嫌悪
者には悪魔の果実と呼ばれているドゥリアンは東南アジアが原産地であり、ムラユ語源の
durianが世界の共通名称になった。

インドネシアで文献学的には、9世紀ごろの古代マタラム王国で作られたカカウィンラマ
ヤナの中に古ジャワ語のduryyanという言葉が見出されており、古代人のこの果実への関
心が小さくなかったことを感じさせてくれる。愛好者が太古の昔から存在していたにちが
いあるまい。

チャンディボロブドゥルの壁画の中に、高貴な女性たちの姿の背景にドゥリアンの樹が描
かれているものがある。ドゥリアンの果実が支配層のステータスに関連付けられていた可
能性がそこに感じられるのだが、もちろんどこにも生えている果樹だから支配層の独占物
というような扱いではなかっただろう。


この果実は全体が鋭いトゲのある硬い殻に覆われ、殻の中がいくつかの部屋に分かれてい
て、各部屋は種を包む白や象牙色の果肉で満たされている。と百科事典に説明されている
が、それは一般的な説明でしかない。われわれがドリアンシーズンになるとあちこちでお
目にかかる普通のドリアンが持っている特徴がそれなのである。外皮の中に仕切りがなく
てひとつの大広間になっているものや、普通は象牙色の果肉なのにそれがオレンジ色や紅
色をしているものもあるし、中には表皮にトゲのないものさえある。ドリアンの探査をし
ているだけで、われわれは世間の広さというものを知ることになるだろう。

ドリアンのトゲは表皮がその形状に変化したものであり、植物一般が持っているトゲとは
異なるものだ。ドリアンを嫌悪するひとはたいてい、あの臭いに打倒されてしまうようだ
が、モノによってはそれほど鋭い突きを入れて来ないのも少なくない。種類によってはほ
とんど悪臭の雰囲気を持たないものもあって、嫌悪の原因が臭いにあるひとにはそういう
品物を紹介してあげると改心して愛好者に変わるかもしれない。


普通一般のドリアンを食べるときは、部屋の仕切りを外から割って果肉を無傷で取り出す
のだが、仕切りの端が集まっている部分を刃物で開き、両手を使って果実を押し開くのは
たいそうな力仕事になる。それをさせる道具が昔からさまざまに考案されているものの、
インドネシアでドリアン売りはたいていが自分の両手を頼りにしていて、ドリアン割り機
器を使う姿を見たことはほんのわずかしかない。ひょっとすると、あの機器を使うと素人
っぽさが舞い上がってくるために、ドリアンの玄人を自負するひとには無用の品物と思わ
れているようにも思われる。


ドリアンの結実は乾季が終わったあと雨季に入ってしばらくしてから起こるので、ジャワ
ではたいてい12月をはさんでその前後の期間、そして2月ごろもう一度シーズンがやっ
てくる。乾季が長引いた年のドリアン収穫はすさまじい量になるという話だ。

インドネシアでこの果物の名称は種族語によってかなりバラエティに富んでいる。
ジャワ語 duren
スンダ語 kadu
ブタウィ語 duren
バタッ語 tarutung
ガヨ語 duren
マナド語 duriang
トラジャ語 duliang
アンボン語 doriang
セラム語 rulen
ちなみに中国語は榴「木+連」と書かれる。現代中国語表記は榴蓮となっていて、liulian
と発音される。リエンが「はす」の文字になっているが、元々は中国南部地方で確立され
た言葉のようで、「木+連」の文字が使われた。「木+連」の文字はドゥリアンの樹種を示
すほかに、古代中国の祭祀器や扉の閂の意味も持っている。[ 続く ]