「ニニ・トウォッとジェランクン(5)」(2023年03月28日)

霊が人形に入って人間と遊ぶことを原理としているジェランクンによく似ているのがNini 
Towokだ。ニニ・トウォッはまたNini Edhok, Nini Dhiwut, Cowonganなどとも呼ばれ、ヨ
グヤカルタではNini Thowongという名称になっている。この演芸はマタラムスルタン国の
開祖パヌンバハン・セノパティの時代に既に行われていたという説があるので、ニニ・ト
ウォンを中心に述べることにする。

ニニ・トウォン人形は頭がヤシの実の殻で、身体は上述のルカと同様、漁獲道具のブブが
使われる。腕は稲わらになっており、柔軟性がある。ヤシ殻の頭は白く塗られて娘の顔が
描かれ、頭には墓地に生えている草花がびっしりと飾られて頭髪の代わりにされる。頭髪
よりもその方が美しく見える。

身体にはスレンダン・カイン・スタゲンなどが着せられて、一目で娘と判る姿になる。ブ
ブが使われるために身長は140センチくらいになって、ホンモノの人間の娘くらい大き
い人形ができあがる。それに霊が入って動き出せば、見物人が抱く怪奇の念はジェランク
ンどころではない。見物人の多くは、おどろおどろしいなまめかしさが恐怖感を煽ると語
っている。


ニニ・トウォン人形はガムランの音楽に合わせて舞を舞う。つまりこの演芸の催行にはガ
ムラン楽団が必要なのだ。しかも人形が大型であるために、人形を支える人間の数も多く
なる。人形が娘なのだから、それを支える人間も女性になるのが普通のようだ。支え役に
男性がひとり混じることもあるが、たくさんの女性の中に埋もれて目立たない。

ヨグヤカルタ特別州バントゥル県パンジャンレジョ郡グルド村はニニ・トウォン芸能の伝
統を維持しており、コメの収穫のあとなどの月夜の夜に屋外で上演が行われる。

グルド村の上演では、ガムラン楽団とシンデンの唄、そして婦人のお囃子隊が人形持ちの
支える人形を取り囲んでニニ・トウォンのための唄を何曲か謡う。グルド村ではこのニニ
・トウォン上演が神聖な儀式とされていて、上演の前には必ずスラマタンが行われるし、
上演も村をあげての催事になる。

上演の行われる日の夕方に祈祷師はニニ・トウォン人形を墓地へ連れて行って霊を人形に
呼び込む。霊が入ったことを祈祷師が確信すると、人形は四人の婦人に抱きかかえられて
舞台に向かう。四人の婦人はBoyongの唄を謡いながら歩く。

ニニ・トウォン人形作り師でガムラン楽団演奏者のひとりでもあるスマルディ氏は、ボヨ
ンの唄やボガヤの唄はニニ・トウォンをほめそやして踊ってもらうための唄であり、ジャ
ワの伝統歌謡にそれらのような歌詞を持つものはない、と語る。つまり観客に聞いてもら
うための唄として謡われているのではないのだそうだ。


ニニ・トウォンもジェランクンと同じように人間とのコミュニケーションを行うが、文字
を書くことはせず、身振り手振りのボディランゲージが使われる。人間がニニ・トウォン
に病人の治療法を尋ねることがある。スマルディ氏の話によれば、かつて行われた上演の
ときに、喘息の病人がニニ・トウォンに治療法を尋ねた。祈祷師がニニ・トウォン人形に
「あの病人を助けられるか?」と尋ねると、人形はうなずいた。

人形を支えていた4人の女性が立ち上がる。何人かがその付添いのために従う。人形と人
形持ちはよろよろと歩いて舞台から下り、会場の外へ向かった。一行はおよそ3百メート
ル離れた畑のあぜに達した。そのとき、稲わらでできている人形の手が真下を指して上下
した。ついて行った者がそこに生えている何種類かの草を持ち帰った。その草を煎じて病
人に飲ませたところ、病人の喘息は完治したという話をスマルディ氏は物語った。

ニニ・トウォン上演に際しては昔からどこでも、雨乞い・病気治療・金稼ぎ・失せ物探し
などを霊の力で実現させてもらうことが行われていた。ジャワでは太古以来、霊験あらか
な霊が神に祭り上げられて社の主になることなく、民衆のすぐそばに人形の姿で侍ってい
た、ということがこの辺りの事情から察せられる。そんなところにも民族性というものが
反映されているように見えなくもない。[ 続く ]