「ヌサンタラのサンバル(終)」(2023年04月26日)

ユスミナルもやせた身体を大きいチョベッの上でかがませ、大量のトウガラシをすりつぶ
す仕事を8年間毎日行ってきた。おかげで背中が曲がってきたみたいだ。だがここで働い
ている女性たちの作業スピードはとても速い。バケツ一杯のトウガラシをきめ細かいペー
スト状にするのに20分以上はかからない。

その日、記者が取材に訪れたのは午前8時だった。そのとき、ユスミナルは4キロ分の仕
事を終えていた。だがエルマはこのパサルでナンバーワンの腕扱きだった。エルマはもう
6キロのトウガラシを片付けていたのだ。

かの女たちはハジバクリのブンブ売場にやってきてブンブをすりつぶす作業を行い、出来
高で報酬をもらうフリーランサーだ。朝から夕方まで作業して、だいたい一日15〜30
キロのトウガラシペーストを作る。需要が高騰すると、ハジバクリは作業者を増やす。

ラマダン月のミナンカバウはチャベを主体にしたブンブの需要が暴騰するのだ。どこの家
庭でも夜食用にルンダンを常備するから、ラマダン月が始まるとブンブ売店は大忙しにな
る。おまけにミナン女性は誰もが、機械ですりつぶしたトウガラシは料理の味が落ちると
言う。トウガラシをすりつぶすのは人力でなければならず、おまけに上手な作業者でなけ
ればならない。

手作りのトウガラシペーストは素材の選択に目が行き届き、更に加工工程が機械よりも長
い。まず一本一本茎を取り去るとき、トウガラシの実のチェックが同時に行われる。品質
的に上等で且つみずみずしいものが手作業に回され。そこではねられたものは機械作業の
ほうに送られる。だから品質が違っていて当たり前なのだ。おまけに手作業では、普通の
肌理細かさを超える最上級の繊細なものまで作り出すことができる。パサルのブンブ売場
でもっと細かいものを注文すると、すぐにエルマのような作業員に特注の声がかかる。特
注品が高いのは当たり前であり、作業員もその分は割増報酬をもらうことになる。

2013年のデータによれば、パサルのブンブ売場でトウガラシペーストは手作りがキロ
4.4〜5万ルピア、機械製はキロ4万ルピア。すりつぶし作業者の報酬はキロ4千ルピ
アとなっていた。特注品は価格がキロ1千ルピアの上乗せだそうで、作業者にそこからど
れだけ回るのかは記されていなかった。ちなみに、トウガラシ畑でトウガラシを摘む作業
者の報酬はキロ当たり7百ルピアだそうだ。


ブンブ売場ではもちろん他の素材のペーストも作られて販売されている。ショウガ・ウコ
ン・ナンキョウ・サラム葉・赤バワン・ニンニク・キヤニモモなど、いろいろ。

たとえば赤バワン。これもトウガラシと同じような作業プロセスで作られる。赤バワンと
は要するに玉ねぎの仲間なのだ。これをつぶしてペーストにするためには、普通の人なら
きっと水泳ゴーグルを必要とするだろう。コンパス紙記者がウピッさんのブンブ売場を訪
れたとき、ウピッさんは赤バワンのすりつぶし作業中だった。

近付いて行くと、玉ねぎの揮発成分が周囲の空気に充満していて、記者はとめどなく涙を
流した。見ると、ウピッはゴーグルもかけずに平気な顔をしている。かの女は秘訣を明か
した。「風の流れに注意するんですよ。風の流れて行く方を見ていれば大丈夫。」

その朝、かの女は普通の玉ねぎを少し混ぜながら赤バワンをもう何キロがすりつぶしてい
た。この売店はかの女がオーナーで、店番のかたわら、自分で作業も行う。そして自分が
自分にキロ当たり2千ルピアの報酬を支払う。トウガラシをやれば自分の報酬は2倍にな
るのだが、それは他人にやらせている。売店の売り上げは一日1〜3百万ルピアになるそ
うだ。


ミナンの女はのんびり店番などしていない。身体を動かせばpitihが入って来る。「こう
やって手を動かせばピティになる。昔わたしは足を動かしていましたがね。」

ウピッは若いころ、ミシンを踏んで縫子をしていたのだ。ミナン語のpitihはインドネシ
ア語のuang。一家を差配する雄々しいミナン女の力は母系制社会ミナンカバウの根源に置
かれているブンドカンドゥアンがもたらすものだ。ミナン女は自分の家の中で、ブンドカ
ンドゥアンとして生きるのである。[ 完 ]