「ジャワ人の起源(9)」(2023年05月16日)

となると、究極の大元は創造主であっても、箱庭の中の全存在と現象を直接的に生み出し
たのは法則であって、大元にいる創造主の手ではないということになる。人間界で通常言
われている「創造主」というものをわたしは擬人化された原理や法則ではないかと考えて
いるのだが、間違っているだろうか。

法則は利害関係も感情も持たないはずだ。法則が何かを愛するとは思えない。ただ機械的
に、ある状況のもとであるプロセスを起こさせる非人間的な仕組みではなかったろうか。
そんなただの仕組みに向かって額づき、礼拝し、その怒りを怖れるというコンセプトはど
うしたことなのか。法則は現出プロセスの内容などおかまいなしに、ただ働くだけではあ
るまいか。善悪・正誤・優劣などといった基準にもとづいて判断を行い、そのプロセスを
ひとつひとつ手加減を加えて操作するようなことを法則にさせるのは無理だろう。

重力原理に従って30メートル上の木の枝から落ちて来るドゥリアンがあなたの頭を直撃
したからと言って、何者かが憎そいあなたに天罰を下す意図を持ってドゥリアンの果実に
重力法則を適用した結果だということにはならないとわたしは思う。法則の本質はそんな
要素を持たないはずなのだが、人間の勘繰りがそれを全能なる支配者(あるいは魑魅魍魎
の一員)の恣意にしてしまうことはアニミズム思想の下でいくらでも起こった。


箱庭が異次元的に作られたとき、ある規模に拡大するまで中身は無であったことだろう。
中身が有になったとき、箱庭の中にできた有は無の世界から切り離された。そのときに箱
庭の異次元性が完成した。箱庭の中の世界に発生するものは次元の高低さのゆえに、箱庭
を包んでいる霊界に移動することができない。しかし逆は自由自在だ。霊界の者たちは何
の障害もなく自由気ままに箱庭に出入りできる。

ジャワ島がどうして魑魅魍魎の巣窟になったのかはよくわからないものの、ひょっとした
ら堕天使の伝説がヒントを与えてくれるかもしれない。霊界のつまはじき者たちが箱庭を
わが物にしようとして、グンドゥルウォ博士が作ったその場所に続々と入り込んだ。そし
て箱庭の中に設けられたパラダイスであるジャワを気に入った者たちがたくさんそこに住
み着き、後からやってきたインド人を侵略者と見なして撲滅しようとしたというのが真相
かもしれない。

眼鏡をかけたグンドゥルウォ博士は自分の実験がそんな連中に邪魔されてはたまらない。
博士は箱庭の中に発生した人間に手を貸して、魑魅魍魎を退治する方法を教えたことだろ
う。一般の魑魅魍魎よりも学識と知性にあふれたグンドゥルウォ博士にとって、かれらつ
まはじき者の退治方法は実にたやすいことであった。

こうして箱庭の中は人間の支配する天下になったのだが、博士の実験動物である人間とい
う生物がどのように栄え、どのように滅びていくか、というのが博士の研究テーマだとす
るなら、人間は滅びる宿命を持たされていると言えそうだ。

グンドゥルウォ博士はひょっとしたら、人間だけでなく他の生物についての研究も行って
いるかもしれない。アリやゴキブリが箱庭の天下を取ったときにはどうなるか。だったら
複数の箱庭が実験室の中で同時に存在している可能性だって考えられるではないか。箱庭
はたったひとつしかなく、神が愛した人類が生を未来永劫続けていく場としてこの箱庭を
大切にするのが人類の義務だ、というプロパガンダは人類にとっての真理だろうが、創造
主が実験を終えたときにどうなるかということについてはどうもその視点の中で真剣に取
り上げられていないように見える。それとも、それはDoomsdayという別項でそっとほのめ
かされただけということなのだろうか。


ファン・ヒンH.A. Van Hienはジャワ人の宗教と霊的世界に関する観念を調査して、18
96年にジャワ人の霊的世界De Javaansche geestenwereldと題する書物を著した。Gコ
ルフがバタヴィアで印刷と出版を行ったためにオランダ本国に渡った書物の数は多くなく、
日本軍占領時代に軍政監部がオランダ語の書籍を一切合切焚書したためにこの書物は稀覯
本になってしまった。ファン・ヒンはその書の中で、ジャワ人の宗教セクトについてつぎ
のように解説している。[ 続く ]