「ミナンカバウ王宮の料理人(後)」(2023年05月17日)

焼けたタウナギが冷めるまでの時間を利用して、みんなは王宮の周辺に散らばった。菜園
もあり、また自然にできた藪もある。そこから料理に使う葉や菜を集めてくるのだ。マイ
ヤルは言う。「食べられる葉菜類の名前は覚えてないけれど、ヤギが食べるものなら何で
もいいんですよ。タウナギのルンダンに使えるものはたくさんありますから。」

しばらくしてみんなが大きな袋をいっぱいにして戻って来た。袋の中にはtapak liman, 
ruku-ruku, puding (puring), puding karitiang, puding hitam, asam kasambi, pucuk 
belimbing, surian, mangkok, petai....などが入っている。実にさまざまな葉菜がルン
ダンに使われる。

マイヤルはチームのメンバーにときどき注意を与えたりする。ココナツミルクとブンブを
薪のコンロで熱しているユスリマルさんに何かを言った。ユスリマルはゆっくりと鍋をか
きまわしている。マイヤルはまた自分の仕事に戻って葉菜類を刻む。ふっと鼻歌が口をつ
いて出た。記者がそれに微笑んだのを見てマイヤルは言った。「ああ、料理中に鼻歌くら
いはいいんですよ。」

するとユスリマルが応じた。
「鼻歌くらいなら大丈夫。でも大声で唄うのはだめ。そんなことをしたら、ひどい夫を持
つことになるから。」

ココナツミルクの油が出始めた。するとユスリマルは吊り下げられているタウナギを集め
てきて鍋に入れ、葉菜類を加えた。ルンダンの香りが強くなってきた。最後にユスリマル
は塩をつかむとパントゥンを詠み、鍋に塩を投げ込んだ。塩を詠み込んだパントゥンは美
味しい料理になるようにという言葉で結ばれている。ここではパントゥンの中に言霊が生
きているようだ。


その日の夕方、コンパス紙取材班はシリンドゥアンブラン王宮の当主であるプティ・レノ
・ラウダトゥルジャンナ・タイブさんと夕食を共にし、歓談した。王家の中でのかの女の
公式名称はYang Dipertuan Gadih Pagaruyungとなっている。ガディとはミナンカバウ王
家の女性に与えられる尊称だ。しかし公的な場でない場合、かの女はラウダという親称で
呼ばれている。

1947年生まれのこの王家の筆頭者はアンダラス大学でアレンヤシの研究で博士号を得
た学識者であり、母校の農学部で教授になっている。またウピタ・アグスティネの筆名で
多くの詩集を世に送っている。かの女の夫のウィスラン・ハディもミナンカバウの文化と
文学の世界で著名な人物だ。

ミナンカバウの母系制文化はブンドカンドゥアンが象徴している。ひとつの氏族の中で最
長老の女性がその氏族の指導者になるこの風習が母系制社会の諸構造を築き上げてきた。
ラウダはミナンカバウ種族のブンドカンドゥアンとしてふさわしい立場にあると言えるだ
ろう。そして実態もその通りになっている。西スマトラ州ブンドカンドゥアン機構の会長
を務めているのだから。


タウナギのルンダンは多種の葉菜類に包まれて皿に盛られている。料理は鹹・甘・辣・旨
が混然一体と混じり合って至福の美味に満たされており、記者の舌はあっさりと征服され
てしまった。タウナギの旨味は葉菜類にも移っていて、葉菜類だけでも結構な白飯のおか
ずになる。

出されたメニューは肉のルンダンを筆頭にして、タウナギのルンダン・サンバルラド・パ
~ゲッイカン・グライクニン・プルクデル・ジェンコルと小魚ビリの炒め物・サンバルプ
テチャベヒジャウだった。

VVIPは概してジェンコルの料理を気に入ってくれるというマイヤルの話だ。VVIP
に供する料理は、出す前にお付きの警備要員がチェックする。ほんの少しを器具に載せる
だけ。警備要員はたいてい、後でルンダンとスリカヤをブンクスしてくれと言う。マイヤ
ルはいつもほんの少しだけブンクスしてあげるそうだ。料理の残りはみんなで分けなけれ
ばいけないのだから。[ 完 ]