「塩のマドゥラ島(終)」(2023年06月09日)

塩田で塩を均すためのソロッと呼ばれる道具を、ムッソンさん70歳は最後の塩田に差し
入れた。マドゥラ島パムカサン県ガリス郡パンダン村の塩生産者のひとり、ムッソンは、
このあとできあがっている塩をかき上げて山にし、それを袋に入れて3百メートルほど離
れた街道際まで運ぶのだ。その運搬は日雇いの若い者が行う。ここでは今ちょうど、塩の
収穫が行われているのである。これは2011年10月のコンパス紙記事だ。

「今回の収穫はできが悪かった。二級品でしか売れない。原因は海水が足りなかったから
だ。収穫はほぼ5トンあるが、今の仲買値はトン当たり38万ルピアだから、利益が出な
いかもしれない。」ムッソンは静かにそう語る。

今は一級品でも55万ルピアでしか売れない。政府が定めた生産者価格の75万ルピアは
絵に描いた餅になっている。

15日間かけて生産したこの収穫のための経費をかれは記者に明かした。揚水ポンプレン
タル料10万ルピア、ガソリン4万5千、塩均し作業20万、街道際までの運搬15万、
日雇い者への食事とタバコ7万5千。

すると二級品5トンで190万の収入、経費は57万だから儲けは133万ということに
なる。だがそれでは終わらない。土地オーナーと儲けを折半する契約になっている。そう、
ムッソンは塩生産者だが、自己所有地を持たないのだ。ムッソンの手にいくら残るのか?
それを15日で割れば一日の稼ぎはいくらになるのか?

去年は異常気象で雨が多かったから、ろくな生産量にならなかった。今年は晴天が多いか
ら期待していた、とムッソンは言う。それで報酬はそんなものなのか。


塩田への海水の引き込みは昔から涸れ川を使ってきた。涸れ川に入って来る海水を風車で
汲み上げるのだ。それが伝統的なマドゥラの製塩法であり、コストがかからない。毎年7
月から11月ごろまで、対岸のブスキから強い風が吹いてくる。この自然の配剤がマドゥ
ラの製塩業にメリットをもたらしてきた。

もちろん、バケツで海水を汲んで塩田まで運ぶ者もいる。スムヌップ県カリアガッ郡ピン
ギルパパス村のサユティさん70歳が行っているのがその方式だ。だがそれだと人間のエ
ネルギーがとても消耗してしまう。

今年は涸れ川の海水量が少なかったために、風車で汲み上げることができない。しかたな
くムッソンは揚水ポンプをレンタルした。しかしそんな経費を使いたくない者もいる。か
れらは10月半ばに海面が上昇するまで待つことにし、それまで塩田は遊ばせておく。


かれらのような零細資本の一般庶民が行っている民衆製塩にはインフラ問題が付いて回る。
ムッソンにしても、海水がたくさん得られたなら今回の収穫が一級品になっただろうこと
を確信している。だが涸れ川に海水をたっぷり流し込むことが零細生産者にできるわけが
ない。そんなことができるのは行政か、あるいはガラム社くらいだろう。ガラム社は自社
の塩田に海水を供給するインフラを独自に作っているのだ。

世界で四番目に長い海岸線を持ち、豊かな労働力にあふれているインドネシアで、テクノ
ロジーの世話にならなくても労働力でいくらでも生産が可能な産品の国内生産が国内総需
要4百数十万トンの三分の一程度しか満たせていない。世にも不思議な物語がまたひとつ、
ここにある。[ 完 ]