「塩を求めて(6)」(2023年08月08日)

その121Haの塩田から、産業用粗塩8百トン、家庭消費用ヨード添加塩5百トンが生産
され、食卓塩にはNatagaというブランドが付けられた。ナタガ印食卓塩は地元県内、ティ
モール島クパン、ソエなどで流通している。ナタガ印食卓塩はたいへん高品質で人間の記
憶力を増進させる力を持っているため、県庁は全県民に対して地元産の食卓塩を使うよう
に義務付けた。他州産のものは小売価格が250グラム入り一袋1千ルピアであるのに対
してナタガ印は250グラムで750ルピアという価格が付けられている。

塩の生産がもっと増加すれば、高品質の産業用粗塩がヌサンタラ各地の工業地区に送られ
るようになる。そうなれば、サブ島で物価の低下が起こり、経済状況が好転する可能性が
生まれるのである。

たいした産業のないインドネシア東部地方のいくつかの土地では、船で運ばれてくる日常
生活用品・工業製品・建築資材などの小売価格がたいへん高くなっている。スラバヤやジ
ャカルタから積み出されてくる実入りコンテナから船会社は海上運賃を徴収できるが、戻
って来るコンテナが空バンだと海上運賃は誰からも徴収できない。

しかし船の運航には毎回コストがかかるのだ。必然的にジャワ島から積み出されるコンテ
ナの海上運賃は船の往復運航のコストをカバーする金額にならざるを得なくなる。そのコ
ストがサブ島で販売されるジャワ島産の米や砂糖や清涼飲料水に上乗せされるのだから、
島内での小売価格は高くならざるをえない。サブ島から積み出される貨物ができれば、ス
ラバヤやジャカルタからサブ島への海上運賃は低下し、サブ島内で販売される工業製品の
価格は廉くなる。島民の収入レベルが同じでも消費パワーは向上し、生活の質的レベルア
ップが起こる。ましてや島民の収入レベルまで上昇するなら、経済生活のレベルは大きく
違って来るはずだ。今や製塩はこの島の明るい未来への運命の鍵を握る黄金の卵になって
いると言えるだろう。


舞台は一転する。スマトラ島北端のアチェ州ピディ県シンパンティガ郡ソエッ村の海岸で、
アブドゥラさん夫婦は朝8時から夕方18時まで塩づくりに励んでいる。ピディでの製塩
工程はジャワやマドゥラで行われているものと違っている。ここでは海水を煮立たせて蒸
発させ、塩の結晶を作っているのだ。

アブドゥラの製塩小屋の中では、ドラム缶を縦に半割したような大型容器を炉の上に置き、
下から火でひっきりなしに加熱して容器の中の水分を蒸発させている。塩分を含んだ蒸気
が小屋の中に充満して、目も肌もひりひりして息苦しい。そんな悪条件を乗り越えて、こ
の夫婦は一日に120キロの塩を生産している。

徹頭徹尾、太陽の下で行われるジャワやマドゥラの製法よりも、ピディの方式は工程が長
く、おまけにコストもかかる。かれらはまず、海水をたっぷり吸った海砂を集めて2〜3
日間天日干しをする。その塩気の高まった砂にきれいな海水をかけて砂の塩気を海水に溶
かし込む。その際にジュート布で濾過して砂を取り除く。その高濃度になった塩水をおよ
そ6時間煮詰めて塩の結晶を作るのだ。

その6時間、夫婦は交替で大型容器をかき混ぜ、水分の蒸発能率を高める。水分が飛んで
しまったあとに、真っ白い塩の結晶が残る。

ソエッ村住民の中のおよそ150世帯が塩づくりを家業にしている。かれらの中には燃料
コストをかけない方式を執る者もいる。できた高濃度の海水を炉にかけるのでなく、そこ
にまた砂が混じらないように工夫して天日干しにし、二日後に塩を収穫する塩田方式だ。
しかし煮詰めるプロセスだけで作られたものの方が高品質できれいだという評価が与えら
れていて、仲買人の買値は4割くらいの差がついている。このピディ産の食塩はピディ、
ビルエン、バンダアチェ一帯で流通している。[ 続く ]