「奴隷から王に(5)」(2023年08月14日)

その時代、アンチョルの土地は金持ち層がピクニックに出かけて土いじりをしたり自然の
中で遊ぶために、区画されて売買されていた。持ち主はたいていそこに小屋を建て、遊び
に行ったとき、その小屋を拠点にした。

たいていは簡素な小屋だったが、その中に立派なヴィラが一軒あって、表門の上に黄金色
の星型が付けられていたためにBintang Masと呼ばれていた。それはファン・デル・プル
フ奥様の両親が娘に遺した遺産だった。このビンタンマス荘がウイ・タンバッシアの物語
に出て来るものと同じだったのか、それとも別物なのかよく判らない。

ある日、奥様が子供たちを連れてそこに遊びに来た。ご主人が後から来ることになってい
たのだが、夕方になってもまだ来ない。それでご主人に手紙を書いてアポルに届けさせた。
そうしてから奥様と子供たちは夕食前のひと眠りに就く。

奥様が寝ている間にロッシーナは川で水浴するために外に出た。川で水浴していると、か
の女の心に姿の焼き付いているジョヨがやってきて、自分の故郷のジュパラに行って一緒
に暮らそうとロッシーナを誘った。ロッシーナは迷ったが最終的にそれを受け入れ、ビン
タンマスに戻って自分の荷物を持ち、行き掛けの駄賃に奥様が寝ている部屋の机に置かれ
ている高価な宝石付き装身具をかき集めて逃げ去った。


アポルはご主人の手紙を持って戻って来た。そして妻のロッシーナを探したが、どこにも
いない。他の奴隷たちもみんな、知らないと言う。ひょっとして、自分のいないときに奥
様がまた折檻したのではないか。殺して死体をどこかに捨てさせたのかもしれない。アポ
ルの疑心暗鬼が憤怒を招いた。赦せない!アポルは奥様と対決する決心をした。

「奥様、ロッシーナはどこです?」
「はあ?わたしが知ってるわけないじゃないの。自分で探しなさい。見つけたら、自分の
背中にでもくくりつけたらどう?」
「どこにもいないんですよ。ひょっとしたら逃げたのかもしれない。奥様のせいだ。」
「逃げた?逃亡奴隷がどんな罰を受けるか、あの子だって知ってるはずよ。逃げたとは思
えない。多分この区画のどこかで他の若い男と抱き合ってるんじゃないの?猿どもはあの
子を見るとみんな尻尾を振り立てるから。」
アンチョルの猿を引き合いに出されて妻を侮辱されたアポルは怒りが天を衝いた。

「奥様がロッシーナを憎んで折檻したからこんなことになったんだ。奥様のせいだ。」
「おまえはわたしが悪いって言うのかい。身の程をわきまえなさい。自分の妻を探すんだ
ったら、こんなとこにいないで探しに行きなさい。わたしにぐずぐず言いがかりをつける
んだったら、外の木におまえをしばりつけて鞭打ち10回の罰を与えるからね。」


アポルは部屋から走り出たが、すぐに鉈を持って戻って来るなり奥様に斬りつけた。奥様
は死体になった。そばにいたふたりの子供もアポルの怒りから逃れることができなかった。
三つの死体が転がり、アポルはそのままビンタンマスを走り出た。ちょうどそこにトアン
ファン・デル・プルフが馬車でやってきた。馬車から降りたトアンにアポルは鉈を振るっ
て攻めかかる。身をかわしたトアンは血だらけのアポルの姿を見て何が起こったのかを察
した。アポルがアモックを起こしたのだ。

トアンはアポルを捕まえて鉈を取り上げ、他の男奴隷たちにアポルを抑えさせて自分は邸
内に入った。そして妻と子供たちの死体を目にして、トアンはショックに襲われた。

そのころアポルは自分を抑えていた男奴隷たちの手を振り切ると、アンチョル川目がけて
走った。数人が逃がしてなるものかと後を追う。しかしアポルは頭から川に飛び込んで、
向こう岸目がけて泳いだ。追手の中の泳げる者も飛び込んだが、既に距離が開いてしまっ
ていた。アポルは向こう岸に上がると、闇の中に姿を消した。


ご主人様を殺して逃亡奴隷になったアポルは、バタヴィア城市外の山野に潜伏する盗賊団
に入ったか?多分かれの時代は既に昔のころから変化していたのだろう。アポルは歩きに
歩いてクバヨラン地区の丘陵にたどり着いた。そのエリアに貧しい家が一軒あった。腹を
すかして木の下で休息しているアポルを憐れんで、その家の主がかれを食事に誘った。

その家に住んでいる農夫は畑作をして暮らしている。アポルは数日間そこに滞在し、畑仕
事を手伝って懇切丁寧なしごとぶりを示したから農夫は喜んだ。いつまでもここにいてい
いよとアポルに言い、一緒に農作業を行うようになったのである。

さて、盗賊団の首領になった逃亡奴隷のウントゥンはどうなったか?[ 続く ]