「奴隷から王に(15)」(2023年08月29日)

ウントゥンは落ち着きを取り戻すと牢獄に向かった。王が衛兵も連れずに自ら牢獄に入っ
て来たのだから、看守長が驚いた。眠っているキリスト教徒の若者の顔を細かく探るよう
に見ていると、若者が身体を動かして鎖が音を立てたために目を覚ました。若者は王が自
分のそばにいるのを見て、処刑されると思ったようだ。

ウントゥンは手にした鉄の棒で鎖の輪のひとつを外し、この者に尋ねたいことがあるので
連れて行く、と看守長に言ってふたり一緒に牢獄を出た。自分の執務室に連れて行って、
若者の形見の品について細かく尋ねた。そしてこの若者がウントゥンとスザンナの子供の
ロバートであることがはっきりした。ロバートは自分の実の父親の名が奴隷のウントゥン
であることを知っていたが、自分の目の前にいる一国一城の主がその奴隷のウントゥンと
同一人物であることをすぐには信じられないでいた。奴隷のウントゥンは愛するディグナ
の父を殺した非道な男なのだ。だが目の前にいるこの王はそんな薄っぺらいイメージより
もはるかに奥行きが深く、重厚な内容を持った、山のようにどっしりとした人間の姿を示
している。

結局ロバートは、割られた銀貨のふたつの片割れからそれが事実であることを確信せざる
を得なくなった。しかしロバートは実の父親との邂逅をすなおに喜ぶことができない。ロ
バートの心の中をさまざまな思いが去来する。


母は自分を産んでから、持ち込まれてくる縁談をすべて断って、ただその奴隷のことを思
いながらわびしく死んでいったというのに、その思い焦がれた男は別の女を妻にして広大
な領地の王にのし上がり、栄耀栄華の暮らしをしている。ロバートはその非難を父親にぶ
つけた。

「クフェラーの副官はどこへ行った?スザンナ・モールはクフェラーの副官と結婚したと
聞いて、わしはスザンナとの人生を諦めた。グシッ・クスモを妻にしてマタラム王宮に関
わるようになったのはその後だ。」

「クフェラーという名前は一度も聞いたことがありません。わたしを育ててくれたひとび
とから聞いた母についての話は、わたしが申し上げた通りです。」
ウントゥンの心に怒りが湧いた。

「そうだったのか。わしは信頼する人間に嘘をつかれて、それを信じてしまったようだ。
わしのスザンナへの気持ちにも偽りはない。その銀貨の片割れをスザンナの思い出にして、
わしはいつもそれを身の回りに置いてきたのだ。おまえに信じてもらえるだろうか?」

アミラン・クスモの宮殿の客になっている間に、自分に対して行われた陰謀をウントゥン
はいま覚った。ウントゥンが尊敬するキアインブンたちがウントゥンの心からスザンナの
影を消すことを図り、大勢がそれに協力して企てを成功させた。裏でその糸を引いたのが
グシッ・クスモだったことは明白だった。わしは他人に操られてこの人生を送って来たの
だろうか?ウントゥンの怒りは哀しみの色を帯び始めた。


だがロバートの心の中でもつれた糸はまだかれに喜びをもたらさない。愛するディグナの
仇ということだけでなく、自分をその一部に包み込んでいるとかれが感じているオランダ
と、そしてウィロヌゴロを撃滅するべき大敵の位置に置いてその敵情を探るために自分に
任務を与えたVOCへの忠誠心がかれの心中にわだかまり続けている。自分はどうすれば
いいのだろうか。[ 続く ]