「奴隷から王に(18)」(2023年09月01日)

その奴隷は食べ物を一座のひとびとに捧げ、それが終わるともうひとりの奴隷に声をかけ、
ホーヴァート・クノール少佐の席の後に回って他の奴隷たちと一緒に立った。少佐はアデ
ィパティマドゥラと作戦の事について話していた。オンゴウォンソを驚かせた奴隷がそこ
で聞き耳を立てていることなど、だれひとり感づいた者はいない。オンゴウォンソひとり
だけを除いて。

クノール少佐が立ち上がってテントの外に出た。食事は終わりだ。そろそろ出陣が始まる
だろう。オンゴウォンソも立ち上がってテントの外へ出て、人の少ない方角へ進んだ。さ
っきの奴隷ももうひとりと一緒にオンゴウォンソが行った方角に向かった。

周囲に誰もいない場所でオンゴウォンソがぶらぶらしていると、さっきのふたりの奴隷が
近付いてきた。オンゴウォンソが大柄な奴隷に話しかける。「あんたに笑われてもしかた
ないが、わたしは卒倒するところだった。こんなところまで、よくもやって来れるものだ。
もしもここで捕まったら、戦争にならないだろう。あんたはなんでこんなことをするんだ、
ウォンソヌゴロ?」
「わしは今でも奴隷の使用人が務まるようだ。昔、トアンモールの家でやっていたことを
思い出したよ。もしもあんたがオランダ人やマドゥラの爺さんと一緒にわしを滅ぼしたけ
れば、わしは簡単にあんたの捕虜になっただろう。」
「そんなことを言わないでくれ。オランダ人もマドゥラも滅びなければならない。かれら
と正面から太刀打ちできるのはあんたしかいない。わたしの立場にも少しは配慮してくれ。
あんたもわたしも、危険な立場に立っているのだから。」
「その通りだ。わしは一刻も早く戻らなければならないから、これで失礼する。さあ、ウ
ィラユダ、行こう。」
ふたりが立ち去るのを見送ってから、オンゴウォンソはアルナルンに向かった。


パスルアンへの道中で、バタヴィア市庁舎から脱獄して以来、ウントゥンの腹心の部下に
なったウィラユダに、ウントゥンはロバートのことを打ち明けた。そしてもし自分の身に
何かが起こったとき、ロバートの身柄を保護してやってくれ、とウントゥンはウィラユダ
に依頼した。妻と息子たちがロバートの生命を狙っているのだ。ウィラユダは兄貴分の頼
みを引き受けた。


スラバヤを出発したパスルアン進攻軍はバギルの村はずれに位置するデルモの水田地区で
動きを止めた。そこに到達するまで、進攻軍は湿地帯の泥の中をぬけ、川を渡り、養魚池
を越え、時には橋をかけて進軍した。既にへとへとに疲れ切り、食糧も不足していた。荷
駄隊にたくさんの落伍者が出たのだ。重い大砲は何とかデルモの野営地まで運び込まれた
が、クーリーはそれ以上進むことを嫌がった。スラバヤのレヘントがわざと通りにくい行
程を選んでみんなをへとへとにさせたという声があちこちで出た。

デルモからパスルアンに向かう道を探しに出たスラバヤ軍部隊がパスルアン軍の攻撃を受
けて大きい損害を出した。140人あまりが戦死し、パスルアン軍はバリ人が70人ほど
死んだ。

10月16日午前6時半、進攻軍がバギル要塞に総攻撃をかけた。マドゥラ軍が左翼、デ
ベフェレ部隊が右翼、ファンデルフエットとカピテンビンタン部隊が中央という陣形で攻
め立てる。激しい戦闘が各所で展開されたが、要塞はまだどこも破られない。攻撃が三回
行われて三回とも持ちこたえられ、攻撃側は一旦攻撃を休んで要塞を遠巻きにした。

三回目の攻撃が終わったあと、ウントゥンが馬から落ちた。バリ人兵士がすぐにウントゥ
ンを取り巻いた。その様子は攻撃側からも見えた。しかしウントゥンは立ち上がるとまた
兵隊に指示を与えている。そして敵の目から見えない場所まで歩いてから地面に崩れ落ち
た。背中に砲弾の破片を受けただけでなく、腹部がぐっしょりと血に濡れているのだ。

ルンボノ王子が飛んで来た。ウントゥンは「わしに代わって指揮を執れ。ただしわしが重
傷を負ったことを誰にも知られてはならない。」とルンボノに言い、自分の身を奥に運ば
せた。そして担架に乗せてパスルアンの宮殿に運ぶよう命じた。[ 続く ]