「ジャワの田舎にJapanがある(5)」(2023年09月12日)

ちなみに、インドネシア語として定着した「日本」を意味する固有名詞はJepangであり、
これはポルトガル人の発音に従ったものだ。1508年にポルトガル人がはじめてマラッ
カまで到達したとき、かれらはアジア東部の地理情報を集めたはずだ。原住民であるマラ
ヤ半島のムラユ人は古い時代から日本を中国語の情報に従って認識していた。中国大陸南
部地方の諸語は日本という漢字をニップン・ジップン・ギップンなどと発音した。半島ム
ラユ人はそれをJepunという音で摂り入れた。

ムラユ人の発音を最初ポルトガル人がどのように音写したのか良く判らない。そのあとも
中国大陸東南海岸部に達して貿易し、挙句の果てにマカオを奪い取ったという流れから、
かれらが意図的に日本へやってくる前に日本という固有名詞がムラユ語や中国語の発音か
ら音写されていくつかのバリエーションの形でかれらの語彙の中に入っていた可能性が十
分に考えられる。最終的に現代ポルトガル語標準単語としてJapao(paoのaの上に~記号が
ある)という表記とジャポゥンという鼻音化された語尾が確立されたように思われる。

ムラユ語も中国語も語尾は[n]音であって鼻音の/ng/ではないのだが、ポルトガル人は語
尾の[n]音を日本人のように鼻音化させるのだそうで、この16世紀というポルトガルの
時代に各地に作られたポルトガル人コロニーでは鼻音化語尾のジャポンやジュポンが日本
を指して使われていたと推測される。マラッカ周辺でもムラユ人同士はジュプン(非鼻音
化語尾)を使ったが、ポルトガル人メスティ―ソは相手がムラユ人であれ誰であれ鼻音語
尾のジャプンあるいはジュプンを使っていたらしい。そのような内容を述べているイ_ア
語記事をネット内に見出すことができる。

20世紀に独立インドネシア共和国がインドネシア語を確立させたとき、日本を指す固有
名詞が鼻音化語尾のJepangになり、マラヤ半島で確立されていた非鼻音語尾のJepunとは
異なる単語になった。日本を示す単語は世界中どこでも/n/で終わっているというのに、
インドネシア語だけがなぜ/ng/になっているのか、その原因はどうやらそんな所にあった
ようだ。英語のJapanでも日本語の日本でも良いから、その単語をキーにして世界中の対
応する単語を調べると、綴りはすべからく/n/で終わっていて、/ng/で書かれているイン
ドネシア語は稀有の存在であることが分かるだろう。ただし発音に関しては、ポルトガル
語やフランス語は語尾が鼻音の響きになっているのだが。


ところで、ヨーロッパ諸語がポルトガル人の鼻音化発音に従わないで非鼻音の/n/を使っ
たのは、ポルトガル人がヨーロッパの中に極東の神国の情報を流したときにそれが音でな
く文字の形で伝達されたからではないかと推察されるのである。もちろん音によるものも
流れ込んだとは思うが、これはメジャーかマイナーかという点に関する話だ。

その方が、ヨーロッパのどの言語も語頭の/Ja/の綴りをそのまま用い、自言語の発音でそ
れを読んでいる現象との整合性を感じさせてくれるからだ。/Ja/の綴りをハやヤと発音す
る言語ではJapan/Japonをヤパンやハポンと発音しているではないか。

ちなみにオランダ人にとっては、オランダ語にジャという音がないためジャポゥン(鼻音
語尾)という発音を音写する場合は多分DjapongあるいはDjapoengと表記されるものと推
測される。ブパティ領ジャパン(非鼻音語尾)の文字表記はオランダ東インド政庁時代に
Djapanと書かれていた。オランダ人はその綴りを日本という意味に解釈しない。なぜなら
オランダ人にとっての日本はヤパンであり、ジャパンではないのだ。だからオランダ人は
だれもジャワ島にあるジャパンが日本とどんな関係にあるのかなどという疑問を抱かなか
ったのではないだろうか。[ 続く ]