「クリピッとクルプッ(終)」(2023年09月29日)

トウモロコシのンピンは東ヌサトゥンガラの郷土料理として有名だ。emping jagungは別
名jagung titiとも呼ばれている。この場合のティティは叩き潰すという意味であり、K
BBIのtitiの項目にその意味は掲載されていない。

ジャグンティティの作り方はとても簡単だ。まずトウモロコシの粒を鍋で煎る。粒に火が
通ったら鍋から1〜2個左手でつまみ出して平らな石の上に置き、それを右手に持った石
で叩き潰すのである。するとトウモロコシの粒がコーンフレークのようになる。東ヌサト
ゥンガラのひとびとはジャグンティティが常食になっている。

ただし、ジャグンティティの素材に使われるトウモロコシの粒は一般のどこにでもある種
のものでなくて、ローカル産のたいへん粘り気を持った種類なのだ。そのために、名人が
極度に薄く潰せば直径8センチくらいまで広がるそうだが、それはもう神技に近くて普通
の人間の及ぶところではないだろう。


東ヌサトゥンガラ東部のアドナラ島・ソロル島・ルンバタやアロルなどに分布して住んで
いるLamaholot族の日常生活では、ジャグンティティが重要な位置付けを与えられている。
ひとびとは朝食にジャグンティティを食べるので、どの家庭でも主婦は台所で早朝からそ
れを作る。

石の上でトウモロコシ粒を石で叩くのだから、石と石がぶつかり合う音が一定のリズムで
湧きおこる。あちらの家やこちらの家から似たようなリズムの響きがまだ暗い早朝に、ま
るで呼応しているかのように立ち昇ってシンフォニーになり、部落の朝を告げるのだ。こ
の夜明け前のシンフォニーは部落からおよそ百メートル離れた場所にまで聞こえる。

まだ暗いうちから働く母親と一緒に、幼児は母親の目の届くところで無心に遊ぶ。台所で
母親が作るジャグンティティの光景・音・香りそして味が幼児体験の中に刻み込まれる。
少年少女に育った子供たちが仲間と一緒に遊ぶために家を出るとき、そのポケットにはた
いてい何個かのジャグンティティが入っている。遊んでいるときに空腹を感じたなら、家
に帰ったりしないでそれを食べながら遊び続けるためだ。

ラマホロッ族のひとびとにとって、ジャグンティティは生まれ故郷のシンボルである。故
郷から遠く離れたどこの土地にいようと、ジャグンティティに出会えば望郷の想いが満た
され、異郷で生きるための意欲が湧いてくるとかれらは語る。

「ラマホロッ人がジャヤプラに来たことを耳にしたら、わたしはいつもそのひとに会いに
行きます。あまりたくさん持ってきていなければ、ほんの一握りでも構いません。腹を満
たすのが目的じゃなくて、心を満たすためなんです。ジャグンティティを食べることがで
きれば、望郷の想いが満たされ、明日からまたここで生きる意欲と希望が湧いてくるので
すから。」パプアのジャヤプラで教員をしているアドナラ出身のヨセフ・グレゴリウス・
トゥカンさん35歳はそう語っている。


長い歴史の中で連綿と伝え続けられてきた生活習慣とライフスタイルとしての文化的な価
値がラマホロッ族のジャグンティティの中に深く包含されている。モダン工場で作られた
コーンフレークでは絶対に代替され得ないものだ、とクパンの国立大学教官は語っている。
たとえばラマホロッ族の母親たちは、女の子供が娘時代にさしかかるとジャグンティティ
の作り方を訓練してその技能を持たせることを義務と見なしている。

ラマホロッ族の社会でも、女性は善良で貞淑で礼儀正しく、優しく親しみやすく包容力を
持ち、家政の義務を堅実に果たすことが理想像とされているのだがそれに加えて、往々に
してジャグンティティをおいしく上手に作る技能を持っていることを理想の中に含ませる
ひともいる。生活技能については手で糸を紡ぐ技術とジャグンティティ作りが双璧に位置
付けられているそうだ。

来客があったとき、あるいは大勢が集まる会合や祝祭のとき、必ずジャグンティティが供
される。クリスマス・新年・イドゥルフィトリなどの祝祭で、ラマホロッ人は近在の村々
と行き来して祝い合う。その宴に供される主役がジャグンティティなのである。いくら箱
入りコーンフレークをンピンジャグンと呼んだところで、ジャグンティティの代役が務ま
るはずはなさそうだ。[ 完 ]