「タンジドル(1)」(2023年10月02日)

ブタウィの伝統芸能のひとつに西洋風の吹奏楽隊がある。西洋で生まれた金管楽器を主体
にして、打楽器とのアンサンブルでディアトニック(西洋音階)の音楽を演奏するのが標
準だ。しかも演奏はほとんどオープンエアーが舞台で、路上行進することもあるから、要
するにブラバンの一種と考えればよいだろう。古い時代の西洋にあった小規模軍楽隊とい
う印象を持ってもかまわないとわたしは思う。この楽隊の標準編成は十人前後だが、時と
場合によってはその半分くらいで出演することもある。

イ_ア語ウィキペディアには楽隊が使う楽器のリストが記載されている。
管楽器: Trompet, Trombon, Piston, Klarinet, Baritone, Mellophone, Eufonium, 
Tuba, Sousaphone,
打楽器: Snare drum, Drum bass, Quarto, Cabasa, Simbal, Marakas, Xylophone, 
Marimba, Vibraphone, 

管楽器は最低でメロディ・伴奏・低音の三つ、そして打楽器にバスとスネアがそろえばた
いていの曲は一応の格好がつくだろうから、多分それが最小催行人数になるのではあるま
いか。もっと減っても音楽は鳴るだろうが、下手をするとチンドン屋になりかねない。観
客がチンドン屋を聞きたいと言うのなら、それはそれで構わないのだが。ちなみにわたし
はチンドン屋もアートであると考えているので、決して蔑視しているわけでないことを付
け加えておこう。


この芸能は明らかに西洋人がヌサンタラに持ち込んでそれを丸ごとプリブミに模倣させた
ものであると考えてよいように思われる。タンジドルというのがこのブタウィの伝統芸能
の名称だ。タンジドルはその楽隊を指し、それが演奏する音楽をも意味している。現代イ
ンドネシア語ではtanjidorと綴られ、略してtanjiとも呼ばれている。

タンジドルの語源はポルトガル語のtanger(タンジェル)であるというのが定説になって
いる。タンジェルは「音楽を演奏する」という意味であり、そして屋外で音楽演奏するこ
とをtangedor(タンジェドル)と言うらしい。ということは、ブタウィ人の伝統芸能にな
った軍楽隊もどきをポルトガル人がプリブミに教えたのだろうか?


ブラス製の楽器が楽隊のメインを占め、木管楽器はせいぜいクラリネットだけ。日本では
チンドン屋がクラリネットからサクソフォンに持ち替えたが、ブタウィではそれが起こら
なかったようだ。サックスが標準編成に加えられることはなかったように見える。確かに、
ポルトガル人がヌサンタラにやってきたころ、サクソフォンはまだ発明されていなかった
のではなかったろうか。

楽隊というのは本来が野外演奏を目的にしたものだ。ブタウィ人のタンジドルも演奏しな
がら路上を行進し、また庭や道路脇に椅子を並べて音楽を奏でるのが普通だった。現代で
はもちろんコンサートホールや劇場で吹奏楽団が演奏することもあるわけで、ブタウィの
タンジドルも屋内演奏をしなかったとは言えないと思うが、これは何が標準なのかという
話をしている。


東南アジアの歴史を眺めるなら、国家民族を背負ってアジアに集団でやってきた西洋人の
事始めであるポルトガル人は軍隊と軍楽隊を伴っていたし、かれらが行ったカトリック布
教によって教会で音楽に包まれた宗教儀式が営まれたのだから、東南アジアにはじめて伝
えられた西洋の音楽と演奏形態もポルトガル人がもたらしたことは間違いないように思わ
れる。だからわれわれの知性は、その楽隊の名称がポルトガル語源だということを大いに
ありうるものとして受け入れ、納得するのである。

ところが奇妙なことに、ブタウィの伝統芸能としてのタンジドルの由緒来歴はVOC時代
のオランダ人にまでさかのぼって語られているだけで、ポルトガル人の姿がどこにも出て
来ないのだ。[ 続く ]