「東インド(1)」(2023年10月09日)

イタリア人クリストファー・コロンブスがスパイスの産地Indiesを探査するためにスペイ
ン船隊を率いて大西洋を西に向かい、1492年にカリブ海の島々に到達してそこをイン
ディズだと思い込んだ。

しかしそれらの島々が帰属している大陸はインディズでないことが明らかになったため、
1507年にその地域の地名がアメリカとされた。アメリカがインディズと思われてそう
呼ばれていた時期はたかだか十数年だったわけだが、カリブ海の島々はその後も相変わら
ずインディズと呼ばれたようだ。ただしホンモノのインディズと区別するために、そこは
西インディズWest Indiesとされた。ホンモノの方も名前を変えられて東インディズとな
った。


どうした経緯からかよく分からないが、日本語では東インディズを東インドと翻訳した。
もちろんインディズはインディアの派生形だからインドに対応させても間違いはないのだ
ろうが、語義内容が違っており、しかも歴史的な意味の変遷を伴っているのだから、現代
世界の国名のひとつとは異なる単語にしておく方が、後進に誤解や戸惑いを与えないため
の大きな親切になったのではないかとわたしは思う。

おまけにインディズという言葉は最初、地理的に広大な領域を指す名称だったのであり、
そこには大陸や島や海が含まれていて決して島に限定される言葉ではなかった。それが長
い歴史の中で領域の範囲がどんどん狭められていき、現代用法で西インディズはカリブ海
の島々、東インディズはインドネシアの島々に限定される結末を迎えた。

その点に着目するなら、West Indiesに西インド諸島、East Indiesに東インド諸島という
日本語が当てられているのは地理学における卓見と言えるわけだが、歴史学から見るなら
それらの名称には歴史の奥行きがまるで感じられないものになっていて、東インド諸島と
はインド亜大陸の東にある島々を指しているという、語源学的に不正確な解説がまかり通
る状態に突き進んでしまったように思われる。

西インド諸島の解説に同じロジックがはたして使えるだろうか。東インド諸島のそんな解
説を流布させた人は、西インド諸島に当てはまらないのだからこれは正鵠を射ていない、
と思わなかったのだろうか?インディズにインドという日本語を当てはめたためにその現
象が派生したのではないかという気がわたしにはするのである。

現存しているこの世界の姿形を作り出した歴史の流れを正確に把握しようとする姿勢は既
に無益なものになりつつあるのだろうか?東インド諸島という言葉の内容を理解するため
に地理的要素の知識だけあれば解説が終わるのなら、インドからあれほど離れているイン
ドネシア共和国がオランダ時代にどうして東インドと呼ばれたのか、しかもなぜ東インド
諸島でなかったのかという疑問を解く鍵を見つけることはできないだろう。そんな知識で
良しとされる日本の学生たちは、インドネシアの歴史を東インディズという言葉で学ぶ国
の学生たちから深みの点で引き離されてしまう懸念をわたしは抱いている。


Indiesという語は、中英語で地名としてのインドを指すIndieあるいはIndyの複数形だ。
語源はラテン語のインドを意味するIndiaで、それがフランス古語を経由してイギリスに
入ったそうだ。

英語発音は単数形インディ、複数形インディズだが、オランダ語はその単数形Indieの語
尾の/e/にウムラウトが付けられていて、インディエと発音される。その発音はラテン語
のIndiaeにこだわったような印象が濃く、オランダ人のラテン語好きをその現象が垣間見
せているような気がする。[ 続く ]