「東インド(2)」(2023年10月10日)

日本語のインドという言葉は中国から印度という文字でもたらされた情報を摂取したもの
だ。中国語の印度はInduと発音され、語源はペルシャ人から見てインドゥス河の東にある
土地がInduあるいはHinduと呼ばれたことに由来していると解説されている。だから昔の
中国人はたいへん正確にそれを音写したと言えるだろう。

同じ語源なのに、西方にその言葉が伝えられたとき、それはIndiaという言葉になった。
ひょっとしたら、インドゥ→インディ→インディアという変遷が起こったのかもしれない。
それはともかくとして、現代のインド人自身は自分の国の国名にインドゥス河に関連する
名称を使っていない。


日本語にはインドとヒンドゥという単語がある。語源的にそれらは同一のものだったにも
かかわらず、日本語でその二語を聞き比べると別物の印象を強く感じるのはわたしだけだ
ろうか?もしもインドとヒンド、あるいはインドゥとヒンドゥという組み合わせになって
いれば、別物という印象ははるかに薄まったのではないだろうか。

現代世界でHinduは宗教名として使われるのが主流になっていて、その宗教や信徒を指す
ケースが多いのだが、昔は宗教と切り離されて地名としてのInduの同義語および人種とし
てのインド人を意味する使い方もなされていた。HinduとInduが同義語なのだから当然の
ことかもしれない。

ひょっとしたら中国人はその二語が単なる同一語の音変化バリエーションであることを知
り抜いていたのだろうか?宗教としてのヒンドゥ(教)が中国語で印度教と書かれること
を知って、わたしは目からウロコが落ちる思いをしたことがある。インドで興った宗教は
ヒンドゥ教だけでないのだから、そこに使われた印度は地理名称でないと考えるべきでは
あるまいか。話が横道にそれた。


日本語の東インドに該当する諸国語はこうなっている。
英語 East Indies
オランダ語 Oost-Indie (/e/の上にウムラウト)
ポルトガル語 Indias Orientais (/I/の上にアキュート)
スペイン語 Indias Orientales
インドネシア語 Hindia Timur

ところが19世紀にオランダ王国の領土にされた現在のインドネシアのエリアをオランダ
人はNederlands-Indie(/e/の上にウムラウト)という公式名称にしたから、インドネシア
人もそれをHindia Belandaと直訳した。

つまりこの局面では東西に分裂する前のインディズの語が使われていて、「東」の語が消
えているのである。しかしイギリス人はその語義の揺れをきっぱりと拒否した。英語では
Dutch East Indiesと表現されて、イギリス流の頑なな面構えを見せてくれている。


東インディズ地方を描いた古地図にはIndiae Orientalisというタイトルが書かれている。
調べるとそれはラテン語であると表示されるものの、ラテン語辞典でEast Indiesの対応
語を探すと異なる派生形のものが出現するのである。だからわたしにはあまり確信がない
のだが、その点は忘れてそのつもりで扱うことをお断りしておきたい。

東インディズを示す言葉は上のようにいろいろあってややこしいから、本論では英語のイ
ンディズ・東インディズで通しておきたいと思う。東インディズ探査の最盛期に英語は主
流でなかったから時代錯誤の印象は避けられないと思うが、本論ではその単語で代表させ
る形を執ることにします。[ 続く ]