「タンジドル(12)」(2023年10月17日)

タンジドル用楽器の置き場はサイッの自宅のひと部屋。そこにはタンジドル楽器だけでな
く、ガンバンクロモン用の楽器も置かれている。その楽器専用の部屋では、毎週木曜日の
夜にお供えが置かれる。水・コーヒー・茶の入ったコップがいくつか載ったお盆が部屋の
中に置かれて香が焚かれる。コーヒーと茶は甘いのと甘くないのが両方供えられる。それ
らはそれぞれの楽器に憑いている番人に捧げるためのものだ。楽器が良い音を出してくれ
るように。そして奏者に福と恵みと健康をもたらしてくれるように。お供えの飲み物がい
ろいろ取り揃えられているのは、楽器の番人たちにそれらの中の好きなものを飲んでもら
うためだそうだ。いつも甘くない茶を飲んでいる番人でも、たまには甘いコーヒーを飲み
たくなることもあるだろう。

楽器の中でもっとも神聖視されているのが一番古いトロンペッバスで、この楽器は189
4年にオランダのTilburgで作られた。MJH Kessels 1894という刻印が彫られている。あ
まりにも古いから、楽器本体のほぼ全体にわたってハンダの痕が点々と銀色に光っている。
どんなに古くなっても、その楽器は演奏のときに必ず狩り出される。楽器は使われないと
壊れてしまうとサイッたちは信じているから、独立記念日の祝祭にこの楽隊が参加したと
きでも、南ジャカルタ市庁が楽器を寄付してくれたというのに、百年を超えるトロンペッ
トバスも使われて音を出した。


2006年3月のある日、タンジドル「ティガサウダラ」はデポッ市カンプンリモの旧家
で催された結婚パーティーに出演した。午前9時から夕方5時まで、休憩を交えながら演
奏するのだ。

そろそろにわか作りの舞台で演奏を開始しようというころ、楽器が置かれているテーブル
を前にしてサイッは神妙な顔つきになった。よく見るとそのテーブルには楽器の他に竹編
みの盆が載っていて、盆には米・バナナ・野菜・おやつなどが置かれている。また種々の
飲み物の入ったグラスも並べられているが、だれもそれらに手をつけていない。

サイッは火の入った素焼きの香炉に粉末の香をふりかけると、立ち上がって口を動かしは
じめた。呪文を唱えているのだ。唱え終わると各楽器の一部分を、香油をつけた指先で撫
でた。メンバーのひとり、ハジクマッが記者に説明した。この催しが催行者の期待通りに
無事進行し、その進行の中にいるわれわれも順調に務めが果たせますようにという祈りを
捧げているのだ。それぞれの楽器も機嫌よく演奏者とコラボしてもらわなければならない
のだから。

サイッが行った祈りの儀式はジャワ島の農業社会で一般に行われているハジャッブミのよ
うなものだろう。そこに西洋楽器の姿が混じっている、と言うよりむしろ対象にされてい
ることに記者は驚いた。記者はきっとそんなイメージを持ったことがなかったのだ。


ティガサウダラの演奏が始まった。結婚パーティーに招かれた客人の中の高年齢者たちは
音楽に聞きほれている。まだ若かったころ、タンジドルはかれらの日常生活の中にあった
のだ。華やかな管楽器のサウンドがかれらを追憶の境地に誘っているのかもしれない。だ
がそんな時代を知らない者は、ましてや小さい子供たちは「おやっ、こりゃ何だ?」とい
う戸惑いの中に迷い込んだ気分かもしれない。しばらくはおとなしかった小学生くらいの
子供たちが「ダンドゥッをやれ」と言い出した。

一曲終えた楽隊がそのリクエストに応じるために次のナンバーを相談する。そして二曲目
はダンドゥッ曲になった。すると今度は高年齢者たちが「合わない、合わない!」と言い
出す始末だ。しかしティガサウダラは二曲目もきっちりと終えた。

この種のパーティでの生演奏では、楽隊は女性歌手を連れて来る。この日、ステージ衣装
を着た女性歌手が三人も舞台の端に座っていた。派手な赤色のカインクバヤに身を包んだ
スンダ歌謡のプシンデン、紫色のクバヤを着たブタウィ歌謡の歌手、そして白の上下に厚
化粧の顔で笑みを浮かべるダンドゥッ歌手。スンダ歌謡やダンドゥッのナンバーを演奏す
る場合はスリンやクンダンあるいはゴンが加えられて、雰囲気が高められる。[ 続く ]