「クンタオ(5)」(2023年11月24日)

プルウォレジョを過ぎたがマグランまではまだ遠い辺りにさしかかったのが、午後の太陽
が傾き始めたころ。人家のまったくない草と林に囲まれた田舎道を通っていた馬車を御者
のマルトが急停止させた。道の両側の木に結び付けて張られたロープが馬車の進行を妨げ
ているのだ。マルトは客室の壁を外からコンコンと叩き、「仕事ができたよ。」と普通の
声で客室内のカンピンに言った。会計係の顔が蒼白になった。

マルトはがっしりした体躯の中年男だ。かれは少しも騒がず、家伝の宝物である自分のク
リスを鞘から抜いた。助手のシミンは泣きそうな顔で「助けてくれ」と叫んでいる。その
とき、11人の男たちが手に手にさまざまな刃物を持って馬車を取り巻いた。カンピンは
馬車から降りて馬車の横に立つ。

馬車の一番近くまで寄って来た男が「金を置いて行け。それともひどい目に遭いたいか。」
と言う。どうやらこいつが盗賊団の首領のようだ。「われわれは何も持っていないぞ。」
とカンピンが言う。

「ふざけるんじゃねえ。オレたちゃ、おめえたちが何者か知ってるんだ。」首領はそう言
って手下に合図した。6人の手下が馬車に近寄って来た。カンピンはその前に立ちはだか
って足を回し、ふたりの足をすくって地面に転がした。賊たちが驚いて身構える隙も与え
ず、カンピンは首領に飛び掛かるとその両腕をつかんで後ろに回し、首領の後に立った。

手下たちが武器を振るおうとすると、首領の顔をそっちに向けて押し出す。そして手下た
ちに怒鳴った。「ワシの連れに手を出すと、こいつを殺すぞ!」

同時に首領の両腕をねじったから、首領は痛みに耐えかねて叫び声をあげた。手下たちは
あとずさった。

カンピンは首領に命じて手下にロープをほどかせ、馬車が通れるようにし、そしてマルト
に馬車を進ませるように命じた。「ワシを待たずにここを離れろ。」馬車は進み出した。

馬車が見えなくなるとカンピンは首領の腕を放して「さあ、全員でかかって来い。」と言
った。全員が武器をふりかざす。カンピンは腰に巻くベルトの布だけを手にしている。乱
闘が始まり、賊のひとりから布を使って短槍を奪い取ったカンピンは、槍の柄を使って一
味を打ちのめした。6人が打ち倒されて地面に伸びたのを見て5人が逃げ出したものの、
カンピンは執拗にそれを追いかけ、ついに11人全員を地面に転がしたうえで馬車の後を
追った。

ただし、後遺症になるような撃ち方を誰にもしておらず、数日経過して痛みがなくなれば
また五体満足な身になって働くことができるように手心を加えてある。その格闘の舞台を
去る前にカンピンは脚に打撲を負って動けなくなっている首領に言い聞かせた。自分の名
は誰でどこそこに住んでいるから、恨みを晴らしたければいつでもやってこい。「しかし
ワシが乗っている馬車にまた手を出したら、お前の脚を粉みじんにして歩けなくしてやる
から覚えて置け。」

それ以来、アヘン馬車はその地域で二度と強盗団に襲われることがなかった。ところがバ
グレンの会計係が一緒に乗るときだけは決してその道を通らなかった。会計係がジョクジ
ャを通るように懇願したのだ。


ベー・カンピンのエピソードには、スマランとクドゥスでかれが行った人助けの活躍など
もある。スマランの街中を暴走する馬車をカンピンが素手で止めて事故が起こるのを防い
だ話はこんなストーリーになっている。

そのころ、馬車は行政高官や大金持ちの持物であり、一般庶民には縁のない交通機関だっ
た。今のタクシーのような賃貸しのサドはもちろんあったが、一般庶民が日常生活の中で
使うものではなく、郊外や隣の町へ行くような場合にしか使われず、少々遠くてもスマラ
ンの街中であればみんな徒歩で移動した。昔はインドネシア人も遠距離をよく歩いていた
のである。[ 続く ]