「クンタオ(9)」(2023年11月30日)

ゴアンヒアンが暴れているところにがっしりした体躯の華人がひとりやってきて、自分が
金箱を救い出そうと言う。そしてゴアンヒアンの部屋の位置を尋ねた。ゴアンヒアンは表
屋の右の一番奥だと言ってその位置を指し示した。幸い、その一画はまだ火がそれほど大
きくなっていない。華人はその場所に走って外壁を建物の外から蹴った。壁に小さい穴が
開いたから、さらに蹴りを加えて人間が通れるくらいの穴を作り、その男はそこから建物
の中に入って行った。

そしてしばらくしてから、ゴアンヒアンの金箱が外に引きずり出されてきたのである。男
はふたたび中に入り、ゴアンヒアンの部屋に置かれている重要そうな物をいろいろと運び
出した。ゴアンヒアンは大喜びだ。ところが、ほっとして正気に戻ったゴアンヒアンが周
囲を埋めている野次馬を眺め渡して火から逃れ出た一族と使用人を目で探し、姑と娘のひ
とりの姿が見えないことに気付いてまた叫んだ。「アイヤー、義母さんとチュンスイはど
こだ?」

今度はゴアンヒアンの妻が泣き叫んで暴れる番だ。即座にその救難者の男はふたりの寝室
の位置を尋ねた。裏屋の中の寝室の位置を示された男は、裏屋にまだ火が燃え移っていな
いから大丈夫だとみんなを安心させた。しかし裏屋の出入り口は表屋につながっていて、
激しく燃えている表屋を通らなければ裏屋から外に出られない。

ゴアンヒアン一家の救いの神は裏屋に走り、適切な位置に蹴りを加えて壁を破ると中に入
って行った。そして老婦人をひとり連れ出してきてゴアンヒアン夫婦に委ね、もういちど
裏屋に入って気絶している娘を抱え出した。活を入れられた娘は意識を回復し、親に抱き
付いて泣いた。


男はまた裏屋に戻って外に出せるだけの品物を運び出した。壁の外に手伝いをする者が何
人も待ち構えて、男が運んでくる物を受け取って火から遠いところに置いた。

この火事は表屋を全焼し、裏屋も半分ほど燃えたが、明け方には鎮火した。ゴアンヒアン
一家はその近くに別の家を持っていたので、焼けた家を建て直す間、そっちの家に住んだ。
この一家の暮らしには特に大きい障害が起こらなかったのだが、恥ずかしいことに鎮火す
るまで家の外で燃えるわが家を眺めていたひとびとのだれひとりとして、救いの神の名前
や住所を尋ねることをしなかったのだ。その男はやるべきことをやった後、朝まで火事の
見物をしないままに姿を消した。


ゴアンヒアンは隣近所のひとびとに昨日の男を知らないかどうか尋ねて回ったが、知って
いる者はひとりもいない。このプチナンで見かけたことがないとだれもが言う。多分よそ
の町の住人でたまたま昨夜この近くに居合わせたのだろう。少なくともこの近辺に泊って
いるだろうから、あてもないが探してみようと思ってゴアンヒアンは歩き出した。

しばらく歩き回っていると、アヘン販売所の表にその男が立っていた。ゴアンヒアンは即
座に近寄ってその男の前にひざまずこうとしたが、その男は素早い動きでゴアンヒアンの
両手を取って立たせた。

「あなたのようなタイジンがなぜそんなことをするのですか?」
「昨夜はあなたのおかげでわたしの一家が破滅から救われた。このお礼の気持ちを示すの
にこんなことだけではまだ不十分です。」
「そんな大げさに考える必要はありませんよ。困っているひとに手を貸すのは人間の義務
だから、わたしは自分の義務を行なっただけです。あなたが負い目を感じる必要はありま
せん。」

という話から互いに自己紹介が始まり、男は自分の名をベー・カンピンと言い、アヘン馬
車の護衛をしてときどきクドゥスにアヘンを届けに来ていることをゴアンヒアンに話した。
ゴアンヒアンはカンピンを食事に招き、断るカンピンを拝み倒して家に来てもらった。ゴ
アンヒアンの妻も腕によりをかけてご馳走を作り、家族一同がカンピンを歓待した。
[ 続く ]