「クンタオ(11)」(2023年12月04日)

カン・トースー師の武館を去ったジンティは、福州へ行ってトースー師の弟子仲間たちと
一緒に拳道武館を開き、生徒を集めた。それからほどなくして、福州政庁が軍隊兵士にク
ンタオを教える教師を募集したので、ジンティと仲間の数人が応募した。

その公開テストが行われる日、ジンティと仲間たちは朝早くからテスト会場に向かった。
広場に設けられた闘技台で試験官の拳道師と手合わせし、試験官が合否を決めるのだ。一
千人を超える老若男女で埋め尽くされた広場では、闘技台の上にふたりの政庁高官と拳道
師が椅子に座っており、闘技台の下にも高官が数人椅子に座っていて、その周囲には進行
係の役人や警官や兵隊の姿も見える。闘技台の左右に立てられたポールに黄色い旗が掲揚
された。催事開始の合図だ。

闘技台に座っていた高官のひとりが前に進み出てこの催事の主旨を説明し、「本当にクン
タオの力がまだ高くない者はこの試験に出ないほうがよいぞ。」と最後に言ってから、試
験官の拳道師を紹介した。受験者のひとりが闘技台に上って自分の名前を言い、拳道師と
対戦する。拳道師の攻めに押されて闘技台の端まで下がったその男は闘技台から飛び降り
て群衆の中に消えた。

二人目の受験者も似たような結果になった。そして5人が続けざまに失格したので、ジン
ティの仲間のひとり、リム・ワンが闘技台に上がった。対戦が始まり、まったく互角のま
ま時間が経過して行く。会場は大いに沸き、参観している高官たちの顔にも微笑みが浮か
んでいる。素晴らしい達人が見つかったという歓びだろう。


ところがリム・ワンの心の中に邪心が生じた。この拳道師を倒して自分の名を福州に轟か
せたい。闘技台の上では試験官に技術のレベルを示して見せるだけのものだったはずが、
突然本気の格闘試合に彩が変わった。方針を変えたリム・ワンの攻めが拳道師に加えられ
たとき、下にいるジンティと仲間たち、そして対戦していた拳道師にもリム・ワンの変化
がありありと判った。ほとんどの見物人にそんなことは解らなかっただろう。

拳道師はリム・ワンの攻めを外すと、この高慢な受験者に思い知らせてやろうとして必殺
の反撃を加えた。リム・ワンの本格攻撃を見て仲間たちが声を上げたとき、その成り行き
が読めていたジンティは闘技台に跳び上がって拳道師に蹴りを加えた。ジンティがそれを
しなければ、リム・ワンはこの先、運が良くてもかたわ者の人生を送る破目になっていた
にちがいあるまい。

不運だったのは試験官の拳道師だった。高慢ちきな受験者の加勢が不意に出現するとは思
ってもいなかったのだ。この拳道師もリム・ワンに思い知らせてやろうなどと考えなけれ
ば、ジンティに攻められることは免れたかもしれない。だがそれは起こってしまった。ジ
ンティの蹴りは拳道師の急所を撃ち、拳道師は助からなかった。ジンティとリム・ワンは
すぐに闘技台から跳び下りて群衆の中に紛れ、逃走した。現場の警備に当たっていた警官
や兵隊はふたりを取り逃がしてしまった。


主催者の政庁にとってそのできごとは卑怯な殺人事件としか見えなかった。ましてや政庁
の催しの中で行われた犯罪だったから、面目潰しもいいところだったようだ。警察と軍隊
はやっきになってジンティとリム・ワンを探したが、ふたりの肩を持つひとびとが大勢い
たため、両人はあちらこちらにかくまわれ、日月が人間に怒りを忘れさせると殺人犯探索
の手も緩んだので、ふたりは厦門に逃げた。

リム・ワンはアモイで医者になって生きていくことを選択した。一方、ジンティは中国を
去ろうと考えていた。殺人者としてお尋ね者になった以上、南洋に雄飛して異国で自由に
生きるほうがよい。かれはシンガポールに向かう船に乗った。[ 続く ]