「クンタオ(14)」(2023年12月07日)

キムシアの医薬所の表にベンチを出してタバコを吸っていたジンティは、ワルンの表に人
だかりができたのを見て事件が起きたことを察した。群衆がみんな外から店内を見ている
のだ。ジンティは急ぎ足でそのワルンに向かった。

何が起こったのかを表で群衆から聞いたジンティは即座に中へ入り、ふたりの兵士の腕を
取って店の外に押し出した。まるで悪童がおとなに外へつまみ出されたような光景だ。だ
が兵士ふたりはちゃんとした体格のおとななのだ。兵士は突然やってきて腕をつかんだチ
ナ人の手を振りほどこうとしてもがいたが、まるで鋼鉄の萬力にでもはさまれたかのよう
に華人の手はびくともせず、おまけにブルドーザーのような力でワルンの外に押し出され
てしまった。

ジンティはふたりの手をつかんだまま表の通りに出て、兵営のある方角にふたりを押して
進んで行った。そしてワルンから数百メートル離れた場所で手を放し、ふたりに華人ムラ
ユ語でこう言った。Nah, pulang satja, sekalang suta malam ....

酔っ払い兵士がジンティを罵倒し威嚇したが、ジンティは相手にせずさっさと来た道を引
き返して行った。酔っ払い兵士は互いに顔を見合わせ、あきらめたようにふらつく足取り
で兵営に向かって去った。


翌日の夕方、そのふたりの兵士がまたワルンにやってきた。今度は全くのしらふだ。昨日
の華人がどこにいるのか教えろと店主に言う。店主が知らないと言うと、教えないと店の
皿を全部割るぞと脅かす。しかたなく店主はキムシアの医薬所を指差して、華人ムラユ語
でこう述べた。Tjiowa tuwang liyat ti walung owat sana.
兵士ふたりは緊張した面持ちでキムシアの医薬所に向かった。

そのときジンティはキムシアと表のベランダに座っていた。昨日の兵士ふたりがこちらに
向かってやってくるのを見たジンティは、家の中に入って扉の鍵をかけるようにキムシア
に言い、自分はそのままベランダのベンチに座ってタバコを吸った。

ふたりはベランダに来てジンティの顔をじっくりと眺め、昨日の男に間違いないことを確
信してからジンティの腕をつかんで表の通りに放り出そうとした。ところがジンティは根
が生えたようにそこを動かない。ふたりはジンティに殴りかかった。しかしふたりが繰り
出すパンチをジンティは座ったまますべて素手で払いのける。ジンティがかれらの腕に自
分の腕を打ち合わせると、ふたりは痛みで顔をしかめた。

かなわないと見たふたりは路上に引き返して大きめの石を拾い、ジンティに投げつけた。
ジンティは飛んで来た石を片手でつかまえて下に落とした。その手も通じないことが分っ
たふたりは、槍くらいの長さの竹棒を見つけてジンティに攻めかかった。依然として座っ
たままのジンティは突いてきた2本の竹棒の先をつかんでちょっと引き、それからグイと
押し返したから、ふたりは竹棒から手を放して路上に転がった。ふたりは「覚えとけ」と
捨て台詞を残して逃げ去った。


次の日の夕方5時ごろ、キムシアの家に行こうとしていたジンティの自宅にキムシアの医
薬所が暴徒に襲われているという知らせが届いた。ジンティはそのままプチナンに向かっ
て走った。

キムシアの医薬所の表に15人くらいの兵士がいて、鉄の棒や鍬の柄に使う木の棒などを
手にしている。刃物のgolok(鉈)を持ってきている者がたくさんいた。医薬所の表のベ
ランダは激しく荒らされ、いつもジンティが座るベンチは道の真ん中に転がっている。そ
して掲げられていた医薬所の看板が潰されて路上に横たわっていた。兵士たちが石を投げ
つけて破壊してようだ。

ジンティがやってきたのを見たふたりの兵士が他の仲間たちに合図した。こいつが攻撃の
ターゲットなのだ。兵士たちが一斉にジンティに向かってきた。ゴロッを鞘から抜いてジ
ンティに打ちかかってくる者も少なくない。ジンティは鍬の柄で攻めてきた者からそれを
奪い取るとゴロッを手にしている者たちの腕をそれで打った。打たれた者たちは痛みでゴ
ロッを持っていることができずにポロポロと地面に落とす。同時に左右の足を使って武器
を落とした者たちの足をすくったから、兵士たちはバタバタと路上に倒れた。兵士たちに
蹴りを入れることまではしない。

兵士たちも相手が強すぎることを十分に感じたようだが、中には倒されると起き上がって
向かって行き、そしてまた倒されるというのを5回も繰り返した兵士もあった。そのうち
に全員が戦意を喪失して現場から逃げ出そうとしたから、ジンティは「ウワー!」と大声
をあげて後を追うふりをして見せた。兵士たちは必死になって走って逃げた。[ 続く ]